Θ たんたんとんとん Θ
たんたんとんとんたんたんとん
「……それで、今回もまた先生を泣かしに来たのか?」
「いえ」
肩を叩く私に先生が尋ね、肩を叩く手を休め静かに答えた。
前回は千木良先輩の命令で、「泣かせて来い」と言われるままに放送部を追い出された。
もちろんその意味が「ひどい目にあわせる」ことではなく、「頼みごとを相手に聞いてもらうこと」ということなのは理解していた。
けれど、私には先生相手に泣き落とすことなんて無理な話で、向かった職員室で米原先生と小田島先生の会話を耳にし、
肩叩きで泣き落とそうと思ったのだ。
「そうなのか? てっきりまたなにかお願いがあってきたもんかと思ったんだけどな」
「今回はただの善意です」
そう言って、たんたんとんとんと手を動かす。
前回肩を叩いて気付いたことがあった。
先生は肩叩きをすると本当に嬉しそうに笑うのだ。
それが私だからなんて思ったりはしないけれど、私の行動で先生が喜んでくれたことが嬉しくて、
気付いたらまた職員室に来ていたのだ。
いつもおしゃべりな先生がこんなときだけ無口になるから、私たちに会話はない。
私の手が先生の肩を叩くその音だけが、たんたんとんとんと聞こえていた。
たんたんとんとんたんたんとん
「あー…やっぱいいな……」
ふいに先生が、その静寂を壊した。
「何がですか?」
そう尋ねた私に、
「女の子に肩叩いてもらうのって、いいなって」
なんて先生が口にするものだから、
「……ってか、痛い。いた……痛いです菅野さん」
「おっと……」
力加減を謝った私は勢いよく先生の肩に拳を振りおろしてしまった。
普段あまり女の子扱いされていないせいで、どうにも「女の子」と呼ばれることに慣れない。
「申し訳ない、米原先生」
「いや、いいって。お前のそれは素なんだもんな」
「素?」
首を傾げながら再び私はたんたんとんとんと肩を叩く。
「にしても、善意で肩を叩きたいなんて……菅野ってばそんなに先生と一緒にいたかったのか?」
米原先生のその言葉に、私はまた力加減を謝ってしまった。
「痛た…、菅…野?」
「申し訳ない」
「うん。わざとじゃないもんな。菅野は先生を嫌いにならないもんな」
「当然です」
キッパリと答えた私に、
「うんうん。菅野は先生が大好きなんだもんな」
なんて言われてしまって再び力加減ができなくなってしまった。
どうして先生の肩を叩きたいと思ったのか。どうして先生に喜んでもらいたいと思ったのか。
その答えが先生の言葉でストンと私の心に当てはまったからだ。
「痛た……っ。菅野さん痛いです」
「も、申し訳ない」
「……菅野、お前……ひょっとして……」
私が謝るよりも早く、
「照れると力加減ができなくなるのか?」
そう言って先生が振り返りそうになるものだから、
今度は自分の意思で力任せに拳を振りおろした。
「痛た…、痛い。痛いです菅野さん」
「出来ればこちらを振り向かないで頂きたいのですが」
「わかった。振り向かない。だから頼む」
「…………」
たんたんとんとん、たんたんとん。
ようやくリズムよく肩を叩き直した私に、
「でも、お前のそういうところ、可愛くて先生は好きだぞ」
なんて言うものだから、私はまた力の限り先生を叩いた。
だって先生の言葉は全部図星で、私の頬を恋する少女のように染め上げてしまうのだから。
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