放課後に部活動をするからと先輩に言われたのを思い出し、昇降口へと向きかけた足を部室へと向けた。 相変わらず目の前にあるのは普通の教室と同じ扉。 だけれど、開けるとそこはまるで異空間とでもいうように、構造が違う。 天井の位置だって普通の教室より高いし、部屋も隣の教室があるべき場所にまで伸びているように思う。 そして一番の異質といえば部屋の真ん中で自己主張をしている天体望遠鏡だ。

「さっちゃん。入り口で突っ立ってないで入ったら?」
「あ、はい」

更にその奥のテーブルから声をかけられ、おずおずと席につく。 普通なら机があるはずのこの部屋には、何故かテーブル。 そしてその上には教科書のかわりにケーキや紅茶が並べられている。 この不思議な空間でお茶をするのが私たちの部活動だ。



Θ 魔 法 使 い と お 茶 会 を Θ



「それにしても、先輩。何で今日に限って呼んだんですか?」

基本的に部活動は私の気が向いたときに参加すればいいと言うことになっていた。 だから、今日みたいに呼び出されるのは滅多にない。

「何でって、ボクがさっちゃんとお茶したかったから」
「え?」
「……というのは冗談で。特別甘いケーキをさっちゃんに食べさせてあげたいから」
「えぇ?」

先輩の発言を毎回毎回理解しているわけではないけれど、今日は特に意味が分からなかった。 だってケーキなんていつも先輩が作ってくれるし、そんな理由は今更のような気がしたからだ。

「というわけで、ハイどうぞ」

私の困惑などお構いなしで、先輩は私の目の前にケーキを差し出した。 それはいつもここで食べているマロンケーキではなく、苺のショートケーキだ。

「今日は苺なんですか?」
「うん。やっぱりアレは苺が定番かなって」
「アレ?」

意味深な言葉を疑問に思いながらも、私は目の前のケーキを我慢することは出来なかった。 先輩の視線を感じながらも私は口を開けてケーキにかじりつく。

「どう?」
「おいしいです」

でも特別甘いってわけでもないように思う。 確かに苺はおいしいけど、ちょっと酸味がある分いつもより甘いとはいえないような気もする。

「先輩、これのどこが…………ッ!」

そう言い掛けた私が見たものは、テーブルから身を乗り出した先輩が、 ベロンと舌で私の唇を舐めあげたところだった。

「〜〜〜ッ」
「うん、甘い」

真っ赤な顔で声もあげられない私とは対照的に、先輩は満足気に笑った。



「せ、せせ、先輩」
「んー」
「い、いま、今ッ」
「もう、落ち着きなよ、さっちゃん」

パニックになりかけた私を宥めるように先輩の手が何度も私の頭を撫でた。 「あ、気持ちいいな」と思いかけて、そんな場合じゃないと頭を振る。

「餘部先輩ッ。どこからどうつっこんだらいいのか分からないんですけど……」

怒っているんだと現すために先輩を睨んだのに、 先輩はそれすらも嬉しそうに笑い流すので溜息と共に力が抜けてしまう。

「今日の先輩はまったく意味が分かりません」
「えぇ? こんなにも表現してるのに?」

その言葉に再びガックリと肩を落とした。

「まず何で今日は苺のショートケーキなんですか」
「だって、誕生日ケーキっていったら苺でしょ?」
「誕生日って誰の……」

と言い掛けてハッと気付く。 そういえばこの前の休日は私の誕生日で、みんなが家でお祝いをしてくれたのだ。 もしかして先輩は私の誕生日を知っててくれたのだろうか。

「ボクは外でさっちゃんに会えないから、かわりに今日、そのお祝い」

その言葉でようやく先輩の行動に納得がいった。 わざわざ今日呼び出したのは私を祝うためで、苺のショートケーキなのは誕生日ケーキだから。 やっと納得がいったので安心して再びケーキを食べようとして私はもう一つの問題に気付いた。

「せ、先輩。だったらさっき、私の口を舐めたのは?」
「ん? あぁ、それは味見」

サラリとした先輩の言葉に、ポカンと私は口を開ける。

「マロン以外で作るのは初めてだったからうまくできたかなーって」
「あ。なーんだ、味見……って、そんな理由!?」

納得しかけたものの、そんな理由で唇を舐められてはたまったものじゃない。

「まー…それだけじゃないけど……その理由は……ねぇ」
「な、何でそこで赤くなるんですか!」

何故か照れる先輩をジトーッと見つめると、先輩は観念したように口を開く。

「ボクが舐めたかったの」
「なっ…」

なんてことだ。今まで変だ変だとは思っていたけれどこんな趣味がある人だったなんて。

「ちょっと、さっちゃん? 変な誤解をされても困るんだけど」
「イ、イエ。ダイジョーブ…デス」
「全然大丈夫そうじゃないね」

困ったように笑うと、先輩は諦めたように溜息をついた。



「正直に言うとね、ホントにしたかったのはキスだよ」
「へ?」

キスっていったらつまりは接吻で、どうあっても唇を舐めることとは違う。

「でもいきなりキスして拒まれたら傷つくし、だったら舐めちゃえばいいかなーと」
「舐めッ!」

その発想がわからない。 寧ろキスより舐められる方が想像つかないだけにビックリしてしまうものなのに。

「……って、え? 先輩、私とキスしたいんですか!」
「さっちゃん、遅いよ……」

だって先輩の行動は分かりにくいんだもん。 それに、いつもニコニコ笑ってるから、そんなこと考えてるなんて思いもしなかった。

「……それって先輩、先輩が私のこと好きってことですか?」
「そりゃそうでしょ」

笑い流してくれると思った自惚れた質問は、あっさりと納得され顔から火が出るほど恥かしくなった。 普通は告白した側の方が恥かしいのに、何で私がこんなにも真っ赤にならなければならないんだろう。

今日は私の誕生日で先輩は私にキスがしたくて私が好きで……。 だめだ。頭の中が大混乱だ。

「ふふっ、さっちゃん百面相だよ」
「だっ、誰のせいですか!」

悩みの元凶はニコニコと楽しそうに私を眺めているのに腹がたって、 私は先輩のケーキも奪ってやるのだった。 食べ終わったら返事やらなにやら話さなければならないけれど、 この行き場のない感情を私は食欲に変換するのだった。



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誕生祝に押し付けようとしたほうのボツネタです。