Θ 声を聞かせて Θ
水窪君からの電話を、私は毎回ビックリしながら受け取っていた。
「いい加減慣れればいいのに」と水窪君は笑って、それから気付いたように口を開いた。
『なら、君も携帯を持てばいいんだよ』
今まで必要ないと思っていたけれど、そろそろ両親も帰ってくるだろう。
水窪君と付き合っていることは母親に電話で伝えたけれど、
両親が居間にいるときに電話なんてかかってきたら恥かしくてたまらない。
「わかった。じゃぁさ、明日の帰りに見てくるよ」
『あぁ、俺も行くよ。デートも兼ねてってことでどう?』
「う、うん……」
『それじゃ、また明日』
そんなわけで、いよいよ私も携帯デビューだ。
携帯はすぐに決まった。
といっても私はそういうのに疎いから、水窪君と同じものにしたのだ。
「そっか。だいたいわかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
帰りの電車の中でずっと説明を受け、なんとか理解した頃には家の目の前に着いていた。
町までの長かった距離もあっという間に過ぎてしまったことを少し後悔する。
せっかく水窪君と出かけたのに、携帯の使い方の話しかできなかったのだ。
寂しいなと感じたところへ、
「着いたら電話するから」
と言ってくれた。
心を見透かされたかと一瞬驚いたけれど、それでも嬉しかった私は、
「待ってるから」
といって別れを告げた。
家に帰った私は今のテーブルに携帯をおくと、その前にちょこんと正座して待機した。
そろそろ水窪君が家に着くころで、家事をする手を止めて待っていたのだ。
リーンという呼び出し音にハッとする。だがそれは携帯ではなく家電から聞こえていた。
「も、もしもし……」
今時珍しい黒電話は、相手の番号なんて表示してくれないからすごくドキドキする。
けれど緊張した私の耳に届いたのは、つい先ほどまで声を聞いていた相手からだった。
「な、なんで携帯があるのにこっちにかけるの?」
『あはは。驚いてる声が聞きたかったから』
水窪君はそう言って笑った。
さきほど、電話の使い方を教わったときに彼の番号は私の携帯に登録された。
電話がかかると名前が表示されるんだよと教えてくれたから、
「じゃ、もう電話にはビックリしないで済むね」と言ったばかりなのに、
まんまと私は驚かされていた。
「うぅ、意地悪だ」
『今ごろ気付いたの? でも…声だけじゃ足りないかな』
「え?」
足りないとはどういうことなのだろうか。
困惑する私の表情が目に浮かぶのか、彼はクスクスと笑うと
『今からそっちに行くよ』
と言った。
『電話もいいけどやっぱり直接話すほうがいいかな』
「ちょっ、い、今から?!」
『そう、だから……声を聞かせて』
「わかった。私もすぐに出る!」
そう言って電話を切ると私は家を飛び出した。
その後、水窪君に携帯を持たずに出たことを怒られてしまったけれど、
まだまだ話したいことは尽きなくて、結局今度は寝る間際まで携帯で言葉を交わすのだった。
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