Θ あ な た が 囁 く 、 一 つ の 魔 法 Θ
「先輩は食べないんですか?」
手付かずのままのケーキを見ながらそう尋ねると、
「うん。ちょっと今、お腹一杯かな」
と笑った。
今日は午前で授業が終わりだったから、お腹を空かせた私にケーキはちょうど嬉しかった。
けれど、この時間でお腹いっぱいってことは、先輩は朝食を食べ過ぎたのかな……と考えていた私の耳に、
とんでもない言葉が聞こえた。
「さっちゃんが幸せそうに食べるから、ついでに胸も一杯」
「ぶっ!」
飲もうとした紅茶を思いっきり吹いてしまった。
だって私が食べるから胸いっぱいって……変な意味に聞こえる。
これではまるで先輩が私に恋煩いをしているんじゃないかとか、
そう考えてしまうのは、私がそういう気持ちで一緒にいるからだろうか。
そんな考えを振り払うように頭をブンブンと振ると、慌てて紅茶を口に運んだ。
「あーぁ。さっちゃんはせっかちさんだな。そんなに慌てて飲んだらまた咽るよ?」
「そ、それは先輩のせいです」
先輩が変なことをいうから。
先輩がそんな目で私を見るから。
先輩が私に笑ってくれるから。
「そっか。それはごめんね」
伸びた手が当たり前のように髪を撫でる。
先輩はどんなつもりで私に触れるのだろう。
今日が何の日か知ってて、私を喜ばせているのだろう。
「ん? どうかした?」
「先輩は知らないかもしれないですけど……」
頭の中で考えてたら、口に出さずに入られなくなった。
「今日って、私の誕生日なんです」
「そっか」
やっぱり知らなかったのかと思ったら、ちょっとへこんだ。
そりゃ私だって先輩の誕生日は知らないけど、先輩はなんでも知ってるから、
私のことは特に知ってて欲しかったのだ。
「じゃ、ボク独り占め権あげよっか」
落ち込む私に、先輩は笑って告げた。
それは私が先輩に初めて会ったときに聞いた言葉。
部活の勧誘をする先輩が、お茶菓子にもつられない私に「すごい特典をつけてあげる」といったのだ。
「それって部活の勧誘のときにいただいたやつですよね」
直接渡されたわけではないけれど、部活の最中先輩を独り占めできる権利を私は受け取っていた。
なぜなら天文部の部員は、私と先輩の二人きりだからだ。
「ううん。それとは別のだよ」
優しい声音に顔を上げると、先輩は優しい微笑んでいた。
「今度のは部活の最中だけじゃなくて、ずっとボクを独り占めできる権利」
「それって……」
期待してしまっていいのだろうか。
この言葉は先輩が優しいからってだけじゃなくて、特別が含まれてるって思ってもいいのだろうか。
「もちろん、返品は不可だけど」
そんなこと、初めからするつもりもない。
「あと、そうなると自然とさっちゃん独り占め権はボクのものになっちゃうけど」
そんなこと言われて期待しない方がおかしい。
私が先輩を想うように、先輩も私を想ってるって自惚れてしまう。
「わ、私も返品不可ですよ?」
慌ててそう口にすると、「もちろん」と言って伸びた両腕が、スッポリと私を包み込んでいた。
「ハッピーバースディ、さっちゃん。生まれてきてくれてありがとう」
続けて囁かれた言葉は、今までのどんな言葉よりも優しく耳に響いた。
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