Θ 僕らの家族計画 Θ
紳が追試の日は、誠悟は「別に子供じゃないんだから待たないよ」とサッサと帰ってしまう。
稲船くんは慌てて後を追って教室を出て行き、取り残された私は困ったように紳をチラリと見る。
「桜衣も、さっさと帰れよ」
私は「うん」と返事したけれど廊下で待つことにした。
紳は結構天邪鬼だから、本心とは逆のことを言ってしまうことが多いのだ。
追試が終わって教室を出た紳に「お帰り」と告げると、彼は驚いた顔をして、
「なんだよ、帰ったんじゃなかったのかよ」
と呟いた。
「だって紳と帰りたかったんだもん」
そう告げると紳は決まって「しゃーねーな」と言うけれど、その後嬉しそうに笑うのを私は知っている。
だから、私は誠悟が帰ってしまっても、稲船くんがその後を追っていってしまっても、紳を待つことにしている。
「……でね、お母さんがあなたも女の子なんだから料理の一つでも覚えなさいって言うの」
「ははっ。おまえ、昔っから勉強はできても料理は出来ねーよな」
私の話を紳は笑いながら聞く。
「むー。だって難しいじゃない」
「そか? 俺は好きだけどな」
紳は昔から料理が得意だった。
おばさんが家にあまり帰れないから、美海ちゃんのためなのかもしれないけれど、
普通の高校生の男の子はこんなに料理なんてできないと思う。
「なんなら俺が教えっか?」
「ホント? やったー。紳の料理美味しいから好きー」
ニコニコと答えた私は、「あ」と気づいた。
「でもさ。別に私が料理できなくても紳が料理できるんだから問題なくない?」
私の代わりに紳が料理をしてくれればなんら問題ないような気がした。
「は?」
「だから。紳が私にご飯食べさせてくれればいいのよ。ずっと」
紳は私の言葉を理解できていないのか放心していた。
「えーと、私のために毎日味噌汁を作ってっていうんだっけ? あれ。なんか違うような……」
紳と私の関係は、ずっと変わらないと思っていた。
卒業してもこの街に住んで、変わらず一緒に笑いあう。
お母さんが作りすぎたおかずを私が届けて、紳の作ってくれたご飯をたまに食べて、
そういうのがずっと続くのだから私が料理を覚えなくてもいいんだといいたかったんだけれど……
「おまえ。普通に聞いたら逆プロポーズだぞ、それ」
紳に指摘されて思わず顔が真っ赤になった。
「えっ? えぇっ?!」
なんてことを言ってしまったんだろう。
確かに、紳が相手なら気心知れてるし一緒に生活したところで違和感もないような気がしたけれど、
でもだからって女の子からそういうことを言うなんて……!!
「俺は、別にそういうの気にしねーけど、やっぱ好きなやつの手料理は食いたいっつーか……」
紳の言葉は聞こえていたけれど、私はとぼけて返事した。
「何か言った?」
「な、なんでもないっ! お前の手料理を食うやつは不幸だなっつったんだ!!」
その言葉が本心ではないと知っている私は、思わず微笑んでしまった。
「紳。やっぱ料理教えてよ」
「おー、別に構わねーけどなんだ? 食いたいもんでもあるのか?」
そう尋ねた紳に私は首を振った。
「ううん。私、食べさせたい相手ができた」
「な、なにぃ?!」
驚いた紳に一方的に約束を取り付けると、それ以上聞かれる前に私は退散した。
紳に毎日ご飯を作ってあげる。
そんな未来を想像したらなんだかとっても楽しくて、うまく手料理を振舞うことができたら、
改めて逆プロポーズをしようかな……なんて思ってしまった。
» Back