Θ 春がきた Θ
桜の季節はもう終ったというのに、家の近くで桜の木を見つけた。
そこには運動会の応援で持つポンポンのような小ぶりの花をつけた桜が咲いていて、
なんだか嬉しくなってしまった。
「ほらほら、ここっ」
そう言って翌朝、柑さんの手を引っ張って桜の花を見つけた場所までやってきた。
「八重桜かー。今が見頃なんだよな」
「ヤエ……ザクラ?」
紺さんの言葉を瞬きしながら繰り返すと、
「なんだ。知らないではしゃいでたのか?」
と笑われてしまった。
相変わらず紺さんにとって私はいつまでも子供で、
それはきっと態度が子供っぽいからだと理解しているのに、
「きれいだからいいの!」
子供のように頬を膨らませた。
そんな私を紺さんが笑うから、私も可笑しくなって笑ってしまった。
「見てー。落ちても可愛いー」
そう言ってしゃがみこんで手のひらにコロンと小ぶりの花を載せる。
それはまるでコサージュのようで、
私の視線を追いかけてしゃがみこんだ紺さんの頭にそっとのせてみた。
「可愛い!」
思わずそう告げれば、
「俺は男だから分からんなー……」
なんて紺さんは笑った。それから頭に載せた花をつまむと、
「こういうのはやっぱり、亜貴だろ」
そう言って反対の手で私の手を掴んだ。
そのまま手の甲を上に向けさせ、指の上にそっと花をのせた。
「ほら、よく似合う」
「わっ」
それは指輪のようで、思わず声を上げた。
お花の指輪なんて、いつ以来だろう。
ただ花をのせただけなのに、紺さんがしてくれたというだけで特別になるから不思議だ。
「……今日言うつもりはなかったんだけど……」
花を見つめて微笑む私に、紺さんはえへんえへんとわざとらしい咳払いをして口を開いた。
「いつか亜貴にちゃんとした指輪を送るから、受け取ってくれるか?」
その言葉に思わず私は紺さんに抱きついてしまった。
だって紺さんがお花をのせてくれたのは左手の薬指だったから、そういう意味の指輪なのだ。
紺さんの選んだ指輪を薬指にはめてヤエザクラの下を歩くのは、きっとそう遠くない未来。
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