Θ Hot Summer! Θ
先生と私が教師と生徒でなくなってから初めての夏。
いつものように先生―紺さんの家に向かっていると、浴衣を着た子供たちとすれ違った。
「今日、お祭りがあるんですね」
そういった私の言葉に、紺さんは子供のようににこりと笑うと
「行くか」
と告げるから、少しだけ早く紺さんの部屋を出ると私は家に急いだ。
紺さんのリクエストで私は今、浴衣姿で待ち合わせ場所にいた。
いつもと違う自分の姿に、先ほどからそわそわと落ち着かない。
「すまん! 遅れた」
そんな私の元に、紺さんは一直線にかけてきた。
カラカラと下駄をならす姿に思わず目を見開いて口を開く。
「紺さんも浴衣なんですか?」
「そりゃそーだろ。夏祭りデートっていったら浴衣じゃんか」
子供のように口をとがらせて紺さんは告げた。それからくるりと一回転すると、
「どだ? カッコイイだろ」
と笑って見せるから、私は素直に「カッコイイです。びっくりしちゃいました」と告げた。
その言葉に紺さんは照れたように頬を染め、
「……その、亜貴も可愛いぞ」
なんて口にするものだから、私まで赤くなってしまった。
しばらく頬を染めてお見合いをしていたのだけれど、せっかくのお祭りの夜にこんな場所にいるのも勿体なくて、
どちらからともなく手を繋ぐと神社に向かって歩き出した。
「結構時間経っちゃいましたね」
早歩きで手を引っ張る私に、
「せっかく可愛いのに、着崩れちゃうぞー」
と紺さんは笑う。
私もそんな言葉にくすくすと笑っていたのだけれど、
「ま、崩れたらすぐ直してやるから言うんだぞ」
続けられた言葉にぴたりと足が止まった。
「どーした?」
私を追い抜かしかけた紺さんが、顔をのぞき込むように屈んだ。
おそらく私の顔は今、真っ赤だ。それでも確認せずにはいられなかった。
「紺さんは……、女の子の浴衣を着付けられるんですか?」
つまりそれは、実際着付けたことがあるわけで、そういう状況を体験したということだ。
いくら私が子供だからって、それがどんな状況かぐらいのことは分かる。
「あぁ、前に……」
そこまで言い掛けて、私の頬がこれ以上ないぐらいに膨らんでいることに気づき、紺さんは慌てて口を開く。
「そ、その頼まれたんだよ。ひどい悪友がいて、毎年頼られるから俺は祭の夜はでかけらんなかったの」
それが嘘かホントかは私にはわからない。
でも、私は信じたいと思ったから、
「……そういうことにしてあげます」
無理矢理に笑顔を見せた。
折角のデートがこんなことで台無しになるのも馬鹿らしい。
今は私と紺さんの時間で、過去の時間ではないのだ。
紺さんも同じ気持ちだったようで、
「っていうか、亜貴ちゃん」
とわざと私をちゃんづけにして呼んだ。
「俺が着付けできるって聞いてなにを想像したの?」
「え?」
「俺は自分で着付けできるから、そういう意味で言ったとは思わなかったの?」
聞かれて段々と顔が赤くなるのを実感した。
けれどこれは先ほどまでの怒りなんかじゃない。
実際、紺さんの言った意味合いにだって取れたのに、私は違うことを想像してしまったのだ。
「亜貴ちゃんの、エッチ」
「紺さんのバカッ」
ニヒッと告げられた言葉に、私は巾着を投げつけた。
それから怒ったように歩き出したけれど、紺さんがすぐに追いつくことなんて分かっていた。
「すまん。ってか、そんな急いだらホントに着崩れちゃうから……」
追いついた紺さんが私の腕を掴んで振り向かすから、
「そうしたら……紺さんが着付けてくれるんですよね?」
私はポツリと呟く。
「私の浴衣を脱がすのも着せるのも……、紺さんだけ……なんだから」
続いた言葉は、自分でも驚いてしまった。
どうやら紺さんの過去に、予想以上にダメージを受けていたらしい。
「え? 亜…貴……、今……」
「な、なんでもないです。早く行きまょう?」
掴まれた腕で紺さんの腕を逆に掴み返すと、私は照れた顔を見られないように引っ張って歩いた。
聞こえなかったのなら、それでいいと思った。
でも、背後で紺さんが笑って気配が伝わってきたから、今年の夏は熱くなるような気がした。
» Back