それは、いつものようにからかった言葉だった。
先生はいつものように笑って
「泣きをみるなよ」
なんて言って、私も
「その言葉。そっくりそのままお返しします」
なんて笑って、
お互いの中で冗談として成立していたはずなのだ…………。
Θ ラブファイト Θ
画面の中に浮かぶ文字が信じられず、私は目を見開いていた。
だって、相手はあの真朱先生なのだ。
何度も何度も私にボッコボコにされて、
それでも「今度こそ勝つぞー」なんて言いながらやられて、
ついさっきだって勝負したときは、いつもは同じ結果だったのだ。
「依藤〜。少しは先生に華を持たせようとか思わないわけ?」
「思いません」
ピシャリと言い放つと、「ひどいんだ〜」と先生は笑った。
「それにしても、先生。毎回負けるって分かっててなんで勝負を挑むんですか?」
先生の顔を覗きながら私は尋ねた。
「うっ、ほんとお前は可愛い顔してひどいこと言うな」
そう苦笑した先生が、
「ま。俺は大人だから本気なんて出さないけどね」
なんて悔し紛れに言うものだから、
「じゃ、本気出してくださいよ」
と私は言っていたのだ。
「だーめ。俺は大人だもん」
「こんなときばっかり」
「ふふん。そんなこというなら、依藤が俺をやる気にさせればいいんだよ」
「私が……?」
何がいいだろう。先生のやる気を誘うようなことなんて…………。
そう考えるように天井を仰いだ私は、口元に笑みを浮かべて先生を見つめる。
「お? 決まったか?」
「はい。決まりました」
にっこりと笑った私は先生を見つめ口を開く。
「先生が勝ったら、私が先生にキスしてあげます」
途端に真っ赤な顔をして、口をパクパクさせる先生。
予想通りの反応に、私はクスクスと笑う。
「お、大人をからかうんじゃありません」
「はぁーい」
そう返事しながら私はコインを入れてスタートボタンを押してしまう。
先生は慌てて「え? ちょっ…」と言いながらもスタートボタンを押してゲームが開始した。
「……依藤」
「なんですか?」
ガチャガチャと、お互いに手だけは止めずに忙しなく動かしている。
画面が間にあるため、先生がどんな顔をして話しかけているのかは分からない。
「さっきの……本気にとっていい?」
思わず攻撃の手を止めてしまった私に、
すかさず先生の選んだキャラクターが攻撃を仕掛ける。
「なっ……」
「可愛いな、お前は」
画面の向こう側では、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべているのだろうか。
そう思ったら悔しくて、「どうぞ、ご自由に」なんて告げていた。
「泣きをみるなよ」
先生の笑った気配がして、
「その言葉。そっくりそのままお返しします」
私も笑って攻撃を仕掛けた。
「…………」
「うんうん、何度見たって結果は変わらないぞ」
いつの間にか私の横に立つ先生が、勝ち誇ったかのように口にした。
先生はあの笑顔で私を騙していたのだろうか。
本当はゲームが強いのにわざと弱いフリをして、
私がこんな時間に一人でフラフラしてるから遊んでくれていただけなのだろうか。
「先生は……私を騙してたんですか?」
そう尋ねて先生を見上げると、そこにはいつもの笑顔があった。
そして、
「依藤。質問の前に忘れてないよな、あの約束」
と口にした。
途端に私は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
先生の照れた慌てふためく顔が見たくてただ口にしただけなのに、
先生だってそれを分かっていたはずなのに、
先生の手が私の髪に触れて、緊張からビクリと身体が強張ってしまう。
本当に? 先生、私のキスを待ってるの?
冗談と本気の境界線で、私はグラグラと揺れていた。
「怖いのか?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか」
私だって高校生だ。
キスの一つや二つの経験なんて……そりゃないけど。
キスなんてたかが唇同士の接触だし。
犬に噛まれたと思って観念すれば…………って、そんな、犬に噛まれたら痛すぎる!
「おーい。なに赤くなったり青くなったりしてるんだ?」
「そ、そんなことありませんっ!」
自分から言い出したことを今更恥ずかしがっているなんて思われたくなくて、
キッと先生を睨みつけると私は先生の顔をガシッと両手で掴んだ。
真っ赤な顔でそのまま固まる私を見て、先生はくすくすと笑った
「別に無理しなくていいぞ? こういうのは好きな人としなくちゃ」
言われて私は「はぁぁぁっ」と盛大に息を吐くと両手を離した。
先生のたちの悪い冗談だったのだ。
そう思ったら体中から力が抜けて、再び息を吐いたその瞬間、
ふわりと何かが私の額に触れた。
「奪っちゃった」
驚いて顔を上げると、そう笑う先生が映った。
その言葉に思わず真っ赤になった私に、
先生は「依藤もまだまだ子供だな〜」なんて続ける。
「せ、先生こそ、……こういうのは好きな人としなくていいんですか」
真っかな顔でそう抗議する私に先生はきょとんとした顔を見せると、
「ん? だからしたじゃないか」
シレッとそんな言葉を続けられて私は再び赤面させられるのだった。
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