Θ わたしのすきなひと Θ





学校帰りに勢いで買ったチョコレート。 買った瞬間はドキドキしたけれどいざ家に持ち帰ると なんだか大それたことをしてしまったような気持ちになっていた。


「ただいまー……」

そう小さな声で呟くと、ノルは人型の姿で出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、亜貴様」
「う、うん」
「…………」
「な、なに?」

人型のノルに見つめられるのに慣れていない私は、視線から逃れるように口を開いた。

「いえ。その手に持っているモノはチョコレートではないのかと思いまして」
「…っ、今日が何の日か、知ってるの?」

知らないものと思っていた私にとって、ノルがバレンタインを知っているという事実は予想外だった。

「愛を告白する日だとテレビで言っておりましたし、学校から帰るなりルカ様がリーディ様にお渡しすると張り切ってましたから」

そう言って指差した台所には、ボウルや鍋が散乱していた。 おそらくチョコレートを作った後と思われるが、ボウルにこびりついた色が紫なのは深く考えないようにした。 おそらく惚れ薬とかそんな感じの怪しげな薬を入れたのだ。

「チョコを持って帰られたということは、亜貴様は誰にも告白できず負け犬よろしく帰宅されたとのことですか?」

にっこりと笑顔で言われて私は思わずチョコの包みを握りつぶしそうになった。

「違うよ。私は、……これから告白するの!」

思わずそう力強く言ってしまった私に対して、ノルの反応はなんら変わらなかった。

「そうですか。ではいってらっしゃいませ」

相変わらずニコニコと答えた。 ……というか、私が告白すると宣言したのに笑顔で見送られるとちょっと傷つく。 だって私の好きな人は今目の前にいるわけで、そりゃノルは私の気持ちを知らないってのもあるけど……。

「……どうかなさいましたか?」

押し黙った私を楽しむように、ノルは言う。

「い、行けばいいんでしょ? 行けば!」

その笑顔に耐えかねて、私は回れ右して玄関を飛び出した。





「……はぁ……。私のバカー」

ドアの前でしゃがみ込むとそのまま頭を抱える。

「渡す相手が家の中なのに、なんで出てきちゃうのよ……」

あんな意地悪な人のどこがいいのだろうといつも思う。 でも、なんだかんだ言ってノルは私に優しいから、普段の意地悪な態度も許せてしまうのかもしれない。

「……っていうか、ノルも少しは気付いてくれてもいいのに」

ノルを好きになったのは、彼がまだ球体の姿しか見せていなかった頃。 最初は私に冷たかったくせに、寝坊したらちゃんと起こしてくれるし(すっごい痛いけど)、 美味しいご飯だって作ってくれる(いまだに材料は不明だ)。 更にはスーパーではしゃいだり、カツラ飴をねだったりと可愛い一面もあって、 気付いたら側にいるのが当たり前のかけがえのない存在になっていた。

「好きって……顔に出てると思うんだけどな……」

ノルが人型のときは、挙動不審なことばかりしているように思う。 いつも通りっていうのが、わからなくなるのだ。

「……どーしよ。これ」

一緒に持ってきたチョコレートを顔の前に持ち上げる。 このままチョコを持って部屋に戻ればまた何か言われるだろう。 ならば答えは一つしかない。

「よし。食べよ」

ガサゴソとラッピングをといてチョコに噛み付くと、背後のドアが開いた。 その場にしゃがんだままの私の後頭部に見事にヒットする。

「痛ッ」
「おや、まだいらしたんですか」

シレッと顔を覗かせたのはノル。

「町内を一周して時間を潰して戻るかと思ったんですがまさかここにいるとは」
「べっ、別にいいでしょ。っていうかなんで私が戻ること前提なのよ!」

ノルは私がチョコを私に行っていないことなどお見通しだったようだ。





「なぜ、と言われましても……」

ジッとノルは私を見つめるとサラリと言葉を続けた。

「亜貴様がチョコを渡す相手など、私以外にいるのですか?」

真顔でそんなことを言われるものだから私はどんな反応をすればいいのか分からなくなる。

「なっ……」
「というわけなので、私のチョコを勝手に食べないで下さいね」

サッと私の手から開封されたチョコを奪うと口に運んだ。

「こちらも失礼します」
「え? ……っ!?」

なにが? と思っている間にノルの指が私の口元を拭った。 さっきかじったチョコレートがついていたのだろう。 真っ赤な顔でパクパクする私に、彼は止めとばかりに口を開いた。

「あと。さきほど何か呟いてらしたようですが、今度からは私に直接おっしゃってくださいね」
「き、聞いてたの?」

「亜貴様の声が大きいので聞こえていたんです」
「〜〜〜ッ!!」

穴があったら入りたいほどに恥かしい。 ノルはどう思ったんだろうとチラリと視線を送ると、

「直接言われるまで返事はしませんので」

とアッサリ釘を刺されてしまった。

「うぅ、意地悪!」
「そんなところもお好きでしょうに」
「!」

ほんと、私の好きな人は意地悪で困る。



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08年バレンタインログです