Θ オオカミは罠を張る Θ
家に帰るとなんだか甘い匂いがした。いつもは球体で出迎えてくれるノルの姿はない。
「ノルー? いないのー?」
そう言って靴を脱いで部屋に入ると、今まさにケーキを食べようとするノルがいた。
「ノル?」
「……チッ」
舌打ちをしたノルは、クルリと振り返ると綺麗な笑顔を浮かべた。
「お帰りなさいませ、亜貴様」
「ちょっ…、今の舌打ちはなに?」
「さて、なんのことでしょう」
すっ呆けるノルをこれ以上追求するわけにも行かず、私は溜息混じりに次の質問を投げかける。
「じゃぁそのケーキはなに?」
「これは先ほどルカ様がいらして、亜貴様にと」
さきほど見た光景は、ノルがケーキを食べようとしていた。
それって、ルカが私のために用意したケーキを勝手に食べようとしたってことじゃないのだろうか。
「……で、私が来る前に食べるつもりだったの?」
「気のせいです」
キッパリと言い切ったノルだけれど、私はここで負けたらいけない気がしてジッとノルを見つめる。
「……私は亜貴様のためを思ってしたまでです」
観念して口を開いたノルは、それから私の頭の天辺からつま先までを見た。
「このところ亜貴様は運動不足かと見受けられたので……」
「ふ、太ったって言いたいの?」
「私は事実しか口にしません」
確かに最近、ノルの料理の腕が上がっておかわりばかりしていた。
体重計も怖くてここ数日乗っていない私に対して、ノルの言葉は手厳しい。
「でも、これはルカが私にくれたんだから私が食べるからね」
そう宣言すると私は鞄を置いてケーキの前に座った。
「いただきまーす」
フォークで一口分を口に運ぶと、痛いぐらいの視線を感じた。
ノルが、ジッとケーキだけを見ているのだ。
「た、食べづらいんだけど……」
「食べないのでしたら私が食べますので」
ニコニコとノルは答えた。
「た、食べないなんていってない」
パクリと口に含むと、クリームの甘さが広がった。
「んー、美味しい」
パクパクとフォークを運ぶ手は止まらない。
けれどその間も、痛いぐらいの視線は注がれていた。
「……ノル。ケーキ食べたいんでしょ」
「いいえ」
「素直に言ったら一口ぐらい上げるよ」
なんだかノルより上に立てたような気がして、そんなことを口にした。
それでも答えないノルの前に、私はフォークで一口分を運んだ。
「ほら。食べたいんでしょ?」
そう告げると観念したのか、ノルはパクッとそれを食べた。
最後まで「食べたい」と言わなかったけれど、モグモグとケーキを食べる姿はなんだか可愛かった。
「ど? 美味しかった?」
「いえ、ケーキは特別に感想はないのですが……」
ケーキを食べ終えたノルは、意味深に私を見て笑った。
「フォークから亜貴様の味がして大変美味しゅうございました」
「なっ……、セ、セクハラーッ!!」
にやりと笑ったノルに私はクッションを掴むとそのまま投げた。
けれどそれはノルにぶつからずにボスンと壁に激突をした。
「おや、心外ですね亜貴様。セクハラと言うものは……」
ジリジリと歩み寄るノルに、身の危険を感じた。
「こうするんですよ……って、何故逃げるんです?」
「ノ、ノルが近づいてくるからだよ!」
そう言うとノルはますます近づいて、もう駄目だっと観念した瞬間、ノルはそのまま私の横を素通りした。
「……へ?」
帰ってきたノルが手にしていたのはケーキの箱。
「さて。茶番はここまでにして、私もケーキを頂きましょうか」
「ま、まって。そのケーキって……」
恐る恐る尋ねると、ノルはシレッと答えた。
「ルカ様が亜貴様へと買ったケーキでございます」
てっきり一つだけだと思っていたのに。
一つだと思ったからノルに食べさせてあげたのに。
そのせいであんな恥かしい思いまでして…………っ。
「わ、私すごい恥かしかったんだから」
「何を急に。あれは亜貴様が自分からなさった結果ですよ」
そう言ったノルは既にケーキを選び終えていて、
「ちょっ、それって私のケーキなんでしょ?」
「ブタになりますよ」
ストレートに飛び出た言葉に、私は二個目のケーキを食べることが出来ないのだった。
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