Θ 月に吠えろ Θ
オーラ収集のために夜に出歩くのはいつものことで、
その足が駅前へ向かったのはなんとなく人が集まる場所だと思ったからだ。
けれどゲームセンターの前で見慣れた後姿を見つけて、思わず私は駆け出していた。
いつもなら怖くてこんな時間には絶対に一人で入れないその場所も、飛び込んだ。
目当ての人物は格闘ゲームのコーナーにいた。
思っていたよりゲームセンターの中は怖い人たちなんていなくて、ホッとしながら先生に近づいた。
「ん? 依藤か。ちょうどいい、対戦しようぜ」
普通は補導する立場にいるはずなのに、先生はパッと微笑んでゲームを促す。
こんな大人がいても良いのかと思いながらも、私はこの笑顔に弱くて、
「仕方ないから勝負してあげます」
なんて可愛くないことを言って向かい側に座った。
可愛くないついでに私はコンボ技を繰り出して、先生を負かしてしまう。
「うぅー…、もう一回だ、依藤……」
案の定、先生は「ひどいよー」と言いながら勝負を挑んできた。
ここで負けてあげられれば可愛いのだが、私の手は慣れたように技を繰り出す。
年の近い妹にコンボ技の練習台にされてからというもの、
私は妹のコンボ技をすっかり覚えてしまっていた。
何度やっても勝負の結果は変わらず、先生はガックリと肩を落として諦めた。
「でも意外だったぞ。依藤みたいな可愛い女の子が一人でこんな所にくるなんて」
対戦を終えたあとで、先生は口を開いた。私だっていつもなら、こんな時間に一人ではこない。
昼間は中学生高校生で賑わうこの場所も、夜には別の顔を見せるからだ。
「それは……」
今日来たのはオーラ収集のためだ。
……いいや、違う。収集は駅前で行うつもりだったからだ。
じゃぁ何で? と自問自答を繰り返す。
「……その」
口籠もった私に、先生は口を開いた。
「ま、おかげで楽しくなれたわけだけど。ほら、次何やりたい?」
本当は答えなんて分かっていた。
なのに先生は気づきもしないで質問自体を流そうとした。
それがなんだか悔しくて、
「私は…先生がいるのみえたから来たんですよ」
気付けばそう口にしていた。先生は驚いたように私を見つめ、
「はは、先生をからかうなよなー、依藤」
と大きな手が私の頭を撫でた。
学校では「髪が乱れるからやめて下さい」なんて白原くんと一緒になって言ってるのに、
「ふふ、バレましたか」
顔ではそう笑って、でも本当はすごく泣きたくて、
からかっているつもりだった。
大の大人なのに私の行動で頬を染める先生が可愛いと思った。
いつからだろう。
からかっているつもりが、本気に変わってしまったのは。
「私、もう帰ります」
「じゃ、先生が送って……」
「いりません」
ピシャリと言った。
先生の優しさに甘えるのは簡単だけれど、それは教師としての優しさだ。
「それじゃ、また明日」
振り返らずに走った。明日になればこの気持ちは治まるのだろうか。
追ってきてくれるのはただ夜空に浮かぶ月ばかりで、先生はいない。
それがひどく悲しくて、私はまた泣きたくなった。
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