Θ 悪魔の優しさ Θ
「どうしたの? 食べないの?」
そう尋ねたのは白原くん。
目の前のテーブルにはケーキバイキングを思わせるほどの量のケーキが並んでいた。
放課後、えっちゃんにカフェに行こうと誘われて歩き出したところで白原くんに呼び止められた。
えっちゃんを無視して彼はそのまま私の腕を掴むと、ズルズルとカフェへと歩き出す。
店に入るなり「ここのケーキをメニューの上から順に」と店員に頼んだ白原くんにぎょっとしたが、
彼はニコニコと微笑むばかりで、次から次へと運ばれたケーキにただ唖然としてしまう。
「どうしたの? 食べないの?」
そう尋ねたのは白原くん。
目の前のテーブルにはケーキバイキングを思わせるほどの量のケーキが並んでいた。
「食べないわけじゃないけど……」
「ふふっ。それじゃあ食べようよ」
そう言って彼は目の前のケーキにフォークをつきたてた。
彼の意図が読めず、私はおずおずと近くのケーキのお皿を引き寄せるとフォークを刺す。
パクリと口に入れたそれは想像通りの甘さで、思わず顔が綻ぶ。
「……笑った」
「え?」
「依藤さん、やっと笑ったなって」
「?」
言葉の意味が判らず目をパチパチとさせる私に、白原くんはふふっと笑うと口を開いた。
「最近、ずっと無理やり笑ってたでしょう?」
「…………あ」
そうなのだ。
最近ずっと変化のないシェルオーラが気がかりで、みんなに心配かけまいと無理やり笑っていたのだ。
「みんな心配してたよ」
「あ、それでえっちゃんがカフェに行こうって言い出したんだね」
「そ。俺が横から掻っ攫ったけど」
「だったら言ってくれれば良かったのに」
白原くんは普段から行動がまったく読めなくて、一体何をされるんだろうとドキドキしてしまう。
だから今日もいきなり引っ張ってくるからビックリしてしまったのだ。
「言ったらつまらないじゃない」
「つまらなくても良いじゃん」
そう言っても白原くんはクスクスと笑うばかりで、
「もういいよ。ケーキ食べるから」
私は心配をかけてしまったことが恥かしくて、それを隠すようにケーキを食べた。
結局、食べきれなかったケーキは白原くんがペロリと平らげてしまって、
あの細い身体の一体どこに入ったんだろうと感心してしまった。
「依藤さん、俺の身体を舐めるように見てないで、お会計お願い」
「なっ、舐めるようになんて見てないよ!」
ビックリな発言に真っ赤になって反論したものの、今、サラリと恐ろしいことが聞こえたような気がした。
「……え?」
「だから、お会計」
マジマジと視線を送ると、彼はふふっと微笑むばかりだ。
「あの……、白原くん」
「なに?」
「ここに連れて来たのって、白原くん……だよね」
「そうだね。依藤さんを元気付けようと連れて来たね」
「私、あの流れだとてっきりケーキは白原くんの奢りだと思ってたんだけど」
「俺、一言もそんなこと言ってないよね」
ニッコリと言われた。そういえば、白原くんから一言も「俺の奢りだ」なんて言葉は聞いていない。
「君が俺の彼女だっていうなら奢るけど」
「えーと…、半分だから……」
続けて聞こえた恐ろしい発言は無視した。
「……いいよ、冗談だから、依藤さん」
諦めたように溜息をついて、白原くんは口を開いた。
「どこの世界に元気付けたい相手にお金を払わせる男がいるんだよ」
「…………」
目の前に、という言葉はとりあえず飲み込んだ。
「今日は君のために連れて来たんだから、お金は気にしないで」
「……わかった」
正直ここへは無理やりに連れて来られたし、ケーキの大半を食べたのは白原くんだったので、
私がお金を払う必要性はないんじゃないかと初めから思っていたけれど、それはあえて口には出さないことにした。
「何かいいたそうだね」
「な、なにを?!」
「ふふ。君はわかりやすいんだよ」
「…………」
にっこりと言われて私は余計なことを考えるのはやめた。
「みんなは君のこと心配してたけど、俺は別にあのままの君でも良かったんだけどな」
帰り道でポツリと漏れた白原くんの言葉に顔を上げると、彼はいつもの笑顔で口を開いた。
「だって俺。人の困った顔とか泣きそうな顔大好きだから」
爽やかに言った白原くんに、
「じゃぁ、私を励まさなくても良かったじゃん」
とついつい口を開いてしまう。けれど彼は私の言葉に面白そうに笑うと
「あぁ、それはだって。君と放課後デートってやつをしてみたかったから」
とサラリと言ってのけた。
私は思わず真っ赤な顔で白原くんを見つめるが、彼は相変わらずの笑顔で言葉の意味は読み取れない。
たった今、人の困った顔が大好きと言った彼は、言葉どおり私の隣でニコニコと微笑むのだった。
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