報告書を書きながら、私はちらりと沢登先輩へと視線を向けた。
すらりと高い長身に整った顔は女の子が放っておかないだろう。
なのに沢登先輩が女の子に騒がれないのは下半身に問題があるからだ。
訂正、沢登先輩の制服姿に問題があるからだ。彼は常に女子の制服を着ているのだ。
Θ 彼女の小さな幸せ Θ
「沢登先輩、前に花邑先輩から制服を貰ったっていいましたよね」
風紀の活動中に、ふと思い出したことを口にした。
「なんだいやぶからぼうに」
「やっぱり、勿体無いって思うんですけど……」
私は思ったことを正直に口にした。
「何度も言うようだけれど、美しすぎる僕を見て失神者が続出したら大変だろう?」
「…………」
自分の美しさに絶対の自信を持っている沢登先輩は、自信ありげに答えた。
そりゃ、黙っていればカッコイイと思う。
だけど、この傍若無人な性格と、なんといってもスカート姿は似合っていようが周りの人は一線を引きたがるだろう。
そんな沢登先輩は、気付けば私の彼氏だった。
なにをどう間違えたんだとふみに言われたけれど、私は沢登先輩が好きなんだから仕方ない。
そんな私は沢登先輩の男の子の格好もちょっと興味があったりするのだ。
「そんな無駄口叩いてないで、さっさと報告書を書きたまえ」
「は、はいーッ!」
沢登先輩のブラックな笑顔に身の危険を感じた私は大慌てでシャーペンを走らせた。
私が報告書を仕上げないせいで、帰宅時間が遅れているのだ。
校舎を出る頃にはすっかり暗くなっていて、私と先輩は並んで歩いた。
ちょっと前までは「暗くて仕方がないから一緒に帰るか」と沢登先輩が切り出し、
「暗くて仕方がないので一緒に帰ってあげます」と私も答えていた。
けれど今は所謂恋人同士というやつで、手なんか繋ぎながら歩いている。
「……はぁぁ。やっぱり見たいなぁ」
盛大な溜息と共にもらしたのは、先ほどの続き。
「何が見たいんだい? 西くん」
「沢登先輩の制服姿ですよ!」
「僕はいつだって制服姿だろう? 僕以上に制服の似合う人物なんて世界中にいるかい? いるわけがない」
「あーもう、そうじゃなくて……」
沢登先輩が喋ると、いつもこんな感じだ。
ほっとくと一人で暴走を始めるのでツッコミが大変なのである。(乃凪先輩の苦労が痛いほどわかります……)
「花邑先輩に貰った制服。着てみてくださいよ」
「貰ったその日に着たさ」
ふふん、と彼は胸を張って答えた。
「私が見たいんです」
「なんと。西くんはこの僕のファッションショーがみたいと! よし、今度のデートはデパートで試着大会だ」
「そうじゃなくて…!!」
声を上げると沢登先輩は真顔で「女の子が大声だなんてはしたないぞ」と言った。誰のせいですか、誰の。
どうあっても沢登先輩は男子の制服は着てくれないらしい。
そりゃ今までずっと女の子の制服だったから気恥ずかしいのはわかるけど、
みんなだって沢登先輩の姿をみたら印象が変わるはずなのに。
「なんだって西くんはそんなに拘るんだい」
真っ直ぐに先輩に見つめられると、嘘偽りの言葉は出てこない。私の中の本心が、自然と口から漏れた。
「…………からです」
それは改めて口にすると恥ずかしいもので、ボソボソと消え入りそうな声で何とか告げた。
けれど沢登先輩がそれを許してくれるはずもなく、
「言いたいことがあるのならハッキリといいたまえ!!」
「は、はいッ」
ピシャリと言われ先輩に向けてびしっと気を付けをすると、私は口を開いた。
「さ、沢登先輩と制服デートがしたいからです」
言ってしまってから、顔中が熱くなるのがわかった。
何か反応を示してくれればいいのに、先輩は黙って私を見ているだけ。
目と目が合って、タイミングを逃して逸らせずにいたらなんだか見つめあう形になってしまって、いっそう恥かしい。
「……西くん」
ようやく口を開いた先輩は、私が見たこともないような穏やかな表情をしていた。けれどそれは一瞬のこと、
「そんなにこの僕の勇姿が見たいのなら仕方ない。今日はこのまま僕の家まで連れて帰るぞ」
「え? えぇ?!」
なんでそんな展開に……と驚いている間に私は先輩に手を捕まれてものすごい速さで引っ張られていた。
「ちょっ、せ、先輩。一体どうしたんですか」
「どうしたもこうしたもあるか。早くしないと今日が終わってしまうだろ」
「?」
首を捻る私に先輩は苦笑して続ける。
「西くん。君はさっきなんと言ったのかね?」
「沢登先輩と制服デートがしたいです」
「ほほう。で、その花邑に貰った制服はどこにあると思う」
「どこってそりゃ、沢登先輩の部屋に…………あ」
「分かったかね」
「分かり…ました」
先輩は私の願いを叶えるために制服を取りに行こうとしてくれたのだ。
別に今日じゃなくてもいいのにと思いながらも、先輩の優しさに私はふふっと笑った。
周りの人は沢登先輩の彼女だというとギョッとするけれど、やっぱりこの人を選んでよかったと私は思うのだった。
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