放課後の見回りは風紀委員の仕事で、どういうわけか毎回毎回私一人で行っている。
他の委員の人は何かと理由をつけてはサボッているし、毎回出席の沢登先輩は私の監督らしい。
「……はぁぁ。二人で手分けすれば早く片付くと思うのに……」
沢登先輩に意見したところで聞き入れてもらえないのは分かっていた。
それどころか変な舞を見せられて精神的に疲れるのも分かっていた。
だから最近は、与えられたとおりに仕事をこなすのが一番平穏に過ごせるんだと諦めていた。
Θ 君の言葉がループする Θ
「あとはここかな……」
そう言ってガラッと扉を開けると、甘い匂いが広がった。
「へ?」
「あーら、おねえさま残念。一足遅かったわよ」
そこは確かに演劇部の部室なのだが、机の上に置いてあったのは紅茶のカップやお菓子の残骸だ。
そういえばユキちゃんから今日は演劇部の部室で打ち上げパーティが開かれると聞いていた。
「もう少し早かったらケーキあげられたんだけどね……」
堤くんの目の前には、美味しそうなイチゴショートがあった。
部屋に入ったときに感じた甘い匂いのもとはこれだったのだ。
「篠井がさ。ホールで買ってきたから皆で分けたんだよ」
つまり、分ける前にここにきていれば、私も切り分けてもらえたということだろう。
なんて惜しいことを……。
「俺は持って帰るのも面倒だからここで食っちまおうと思ってたら西村がきたわけ」
堤くんのケーキを凝視してしまったのだろう。説明しながら堤くんはだんだんと笑い声になった。
「くくっ。あはは。西村、やっぱ最高」
「へ?」
「いいよ。食いたいなら、食ってもいいよ」
堤くんは私に向けてお皿を持ち上げた。
「でもこれ、堤くんの分なんでしょ?」
「俺、甘いもん得意じゃねーし」
確かに男の子は甘いものって得意な人はあまり見かけない気がする(ふみは別として)。
堤くんがホントにケーキが苦手だったら、私が食べてあげた方がいいのかもしれない。
「……ホントにいいの?」
「どーぞどぞ」
「ホントのホント?」
「いいよ。食べな」
何度もそんなふうにやり取りすると、私はニコニコと微笑んで堤くんの隣の椅子に座った。
「じゃ、いただきまーす」
パクリと口に含んだケーキはとろけるような甘さで、
「んーっ、美味しいっ!」
フォークを動かす手はもう止まらなくなっていた。
「なんか……西村みてたら俺も食べたくなっちゃったな」
ポツリと聞こえた言葉に、私はケーキと堤くんを交互に見やる。
これはもともと堤くんのケーキなんだから、堤くんが食べたいなら食べていいのだ。
「食べかけでよかったら……その、食べる?」
そう言ってお皿ごと渡そうとすると、
「やん。おねえさまってば優しい。千弦感激っ」
と言って口を開けた。
「つ、堤くん?」
「ほらほら、おねえさま。あーんってしてるんだから分かるでしょ?」
それはつまり、私に食べさせて欲しいといってるのだろうか。
ここは演劇部の部室で、他の人たちはとっくに帰ってしまって堤くんと二人きり。
こういうことは恋人同士がするもので、私と堤くんはそんな関係ではない。
「堤くん。そういうのは彼女に頼みなよ」
「西村ー…、俺、彼女いないの。全然モテないの……ってなに言わせんだよ」
堤くんの口から漏れた言葉に驚いてしまった。
「えぇ? そうなの! だって堤くん……」
「うん、なになに? カッコ良くて男前でそれからそれから?」
「……私まだなにも言ってないよ」
期待された眼差しでそんなことを言われ、喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
この状態でカッコイイなんて言ったら、ますます調子に乗ってしまうのは目に見えていた。
「うーんと、こんなに面白くて愉快な人なのにって」
「……そんな彼氏、普通嫌だろ」
「そうかな。私面白い人好きだよ」
私の返事に堤くんはにやりと笑った。
「つまり俺は、西村の好みのタイプなんだ」
「えぇ?」
「だって面白い人が好きなんだろ? 西村、俺のこと面白いって」
「ち、違うよ」
私はぶんぶんと首を振って訂正する。
「ホントは堤くんのことカッコイイなって言おうとしたんだけど、堤くん自分で言うから……」
「へぇ。俺のことカッコイイって思ってくれてるんだ」
「……うっ」
恥かしさから顔が熱い。こんなことなら初めから素直にカッコイイと告げていれば良かった。
「ケーキはまた今度食べさせてもらうよ」
「へ?」
にっこりと笑った堤くんに私はポカンとした間抜けな顔で対応した。
「ケーキよりいいもん貰ったし。なにより、西村が俺の彼女になったときに頼めばいいんだもんな」
「えぇ?!」
堤くんの発言にビックリして大声を上げると、彼は楽しそうに笑った。
「だって西村は俺のことカッコイイって思ってるんだから、その可能性もなくもないだろ?」
それを否定できない私は、ただ黙って残りのケーキを口に含むのだった。
» Back