Θ 寝ても覚めても Θ
アノ日の林斗先生には極力近づくな。
そう雅哉と光くんに言われていたにもかかわらず、あたしは昼休みにお弁当を食べに中庭に出てしまい、
ファンクラブ活動に勤しむ顕くんの活躍によって、木陰で眠っていた恐怖の大王を叩き起こしてしまったのだった。
「俺の眠りを妨げたのは君か、恋ちゃん」
「せ…先生……」
ポロリと箸で摘んでいたからあげが転がり落ちた。
「アノ日だって分かってたはずだよね。なのに妨げたんだ」
「す、すいませんっ、先生。顕くん、あたしのためにファンの勧誘をしてくれてて……」
「顕くん? 嘘つくなら、もう少しましな嘘つくんだね」
「へ……? あ、いない! (逃げられた!!)」
辺りを見渡すと顕くんの姿はなく、すでに雅哉や光くんは少し離れた場所に逃げていた。
「さてと。俺は今、すこぶる眠いんだ」
「そう…ですよね。あたしにお構いなく寝てください」
「俺は寝つきが悪いんだよ。だから……」
「あ、あたしにどうしろっていうんですか!」
告げると先生はニヤリと口の端を持ち上げて一言。
「膝枕してくれたら許してあげるよ」
「んなっ……」
「ちなみに……。断ると午後の授業は抜き打ちテストだから」
「んぐっ……」
最初からあたしに拒否権はなく、渋々あたしは林斗先生に膝を貸すことになってしまった。
「あー……、いい気持ち」
「そんなもんですか? あたしは重たいだけなんですけど」
遠慮なしに全体重をかける林斗先生にあたしは不満を漏らす。
「そなの? 普通こういうのって女の子は憧れたりしないの?」
「そりゃ、好きな人相手だったら嬉しいのかもしれないけど……」
相手はこの林斗先生だ。確かに顔はカッコイイし、困っているときは最終的に助けてくれるけど……。
「ねっ。カッコイイ俺をのっけて、嬉しいでしょ?」
「先生。あたし今、口に出してませんよね」
「そうだっけ? でも顔に書いてあるよ。確かに顔はカッコイイって」
「うっ……それはそうですけど……」
そうなのだ。カッコイイから無駄にドキドキしてしまうのだ。
スキンシップが激しいって分かっているのに、触れられただけでドキドキしてしまって、つい錯覚しそうになる。
「錯覚していいのに」
「えっ」
「いーや。なんでもない」
先生は口に出さずともときどきあたしの考えに返答してくれるからドキリとしてしまう。
錯覚していいって……そんな。先生と生徒だというのに。
「あの……林斗先生?」
「……スー……」
意を決して話しかけた頃には先生は静かに寝息を立てていて
「……はぁ」
拍子抜けしたあたしは盛大なため息をついた。
「やたらとそんなこと言わないでくださいよ。あたし、単純だからすぐ惚れちゃうよ」
寝ていると分かった以上、言葉に出しても問題ないと判断したあたしは、胸のうちに秘めた言葉を吐き出し、
「……だって、悔しいけどカッコいいもん。林斗先生」
その寝顔に笑みを浮かべる。
笑顔だけ見れば普段の意地悪も信じられないぐらい優しそうな人。
共学になったら、きっと真っ先にモテちゃんだろうな……なんて思ってしまう。
「別に他の子にモテようと、君以外の好意なんて俺は興味ないね」
「え?」
「だから。惚れてもいいってこと」
「せ、先生?」
驚いて声をかけるも先生は相変わらず規則正しい寝息を繰り返すばかりで
「なっ……寝ても覚めてもあたしを困らせて……っ!」
果たして目覚めた先生が今のやり取りを覚えているのかという問題だけが、取り残されるのだった。
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