Θ 幸せは貴方の傍らに Θ
放課後の教室に、林斗先生とあたしは机をはさんで二人きり。
いつもだったらドキドキしてしまうこのシチュエーションも、今は少しだけ憂鬱。
「……はぁ」
漏れたため息に反応した林斗先生は、あたしの髪を指で弄りながらククッと笑う。
「なに? ため息なんかついて」
「させてるのは林斗先生じゃないですか……」
チラリと視線を持ち上げて林斗先生を睨みつけるとまたため息。
「そ? でもそんな顔しても俺が喜ぶだけだよ?」
「……はぁ」
視線を机に戻すとカリカリとあたしはプリントに取り組んだ。
アノ日の先生のとばっちりで抜き打ちテストをさせられて、最下位のあたしだけ補習を受ける羽目になってしまった。
放課後には先生の機嫌だけがスッカリと直っていて、「教室に二人きりなんてドキドキだね」なんて笑顔で告げられた。
「機嫌が直ったなら補習もなくしてくれれば良かったのに……」
小声で呟くと先生は笑って口を開く。
「だーめ。せっかく君と二人きりになるチャンスなのにみすみす棒に振るわけないでしょ」
「…………」
駄目だこりゃと言わんばかりにため息が漏れた。
「知ってると思うけど、ため息ばかりついてると幸せが逃げるよ?」
あたしにため息をさせている元凶が、シレッとそんなことを告げる。
「一体誰のせいだと思ってるんですか」
「なに? 俺のせいだって言うの? そりゃ光栄だ」
どこまで本気か分からない態度で先生はそう告げて笑う。
「そういう問題じゃないです」
「そだよね。幸せ逃げちゃうのはやっぱり嫌だよね」
うんうんと一人頷く林斗先生に、あたしはまたため息をついた。
この人はどうしてこう、先生らしからぬ言動であたしを振り回すんだろう。
「そりゃ、君が可愛いからだよ」
「え?」
口に出していない言葉に返答があって思わず顔を上げると、ふわりと唇にやわらかいものが触れた。
「……なっ……」
あまりの出来事に困惑した。
「あーぁ。こういう場合さは、目を瞑るでしょ、普通」
「…………っ」
「ほら。部屋にあった少女漫画でも目を閉じて、そこから…………」
「なんで!」
なんで先生は、急にキスなんてしたんだろう。きっと今のこれも、あたしをからかったに過ぎないのだろうか。
「なんでって、俺とキスしたら幸せでしょ?」
「…………は?」
先生の言葉に思わずポカンと口を開けた。
「だから。いくら恋ちゃんがため息ついて幸せ逃がしても、俺がキスしてすぐに幸せにしてあげるってこと」
「……なんで」
「だって。俺のせいなんでしょ? 君がため息つくの」
「だっ……だからって」
先生とキスすることがどうしてあたしの幸せに繋がるんだろう。
「あれ。幸せじゃないの?」
ニヤリと笑う先生の言葉に反論できない自分が悔しかった。
「…………はぁ」
再び漏れたため息は、キスの合図。
「なに? また幸せにして欲しいの?」
どうして先生なんだろう。もっと他の人を好きになっていたらもっともっと楽だったのに。
「それじゃ刺激が足りないでしょ?」
あたしの考えにクッと笑うように答えた先生は再び顔を近づけると
「……んっ……」
漫画のキスシーンのようにあたしは目を閉じた。
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