Θ 遠回りしたチョコレート Θ
「いい加減、それを出したらどうですか」
そう言われて、あたしは今すごく困っている。
あたしの鞄の中身を求めているのは大和くん。生徒会長で真面目なクラスメイトだ。
そして鞄の中にあるものは、今日という日に欠かせないものだったりする。
本人に求められているのだから本来なら素直に渡すべきなのだが、
大和くんは不要物≠ニして処分するために求めているのだ。
そう思ったら渡すことなんてできずに、あたしは鞄を抱きしめて大和くんと対峙していた。
「い、嫌よ」
「なんだって?」
「だってあたし、悪いことしてないもの」
「……はぁ。不要物を持ち込んだという時点で、十分悪です」
そう答える呆れ顔の大和くん。そんなにはっきりと不要物なんていわなくてもいいのに。
早起きして頑張ったのに、すごいへこむ。
「だ…、だからって、大和くんには関係ないじゃない!」
あたしはもう、意地になっていた。本人目の前に関係ないはずもないのに、この性格上引くに引けなくなっていた。
「見てしまった以上、見逃すことなんて出来ません」
ジリジリと詰め寄る大和くん。
好きな人に追われるのだから嬉しいことこの上ない状況なのに、それを楽しむ余裕すらない。
「ほ、他の子だって持ってきてるよ、絶対」
告げた瞬間、クラスメイトの睨むような視線を受けてしまった。
この秋から共学になったばかりの学園では、初めてのバレンタイン。
女子以上にソワソワと落ち着かないのは男子の方なのだ。
「彼女たちは特に問題ありません。僕が阻止したいのは貴方だけですから」
「んなっ…、ひ、贔屓よ! 生徒会長のクセに!」
ギャンギャン喚いても大和くんは聞く耳なんて持たず、
「はいはい。とにかくこれは、預からせていただきます」
あたしの鞄を奪うと、目当ての品だけを抜き取った。
好きな人の手に渡ったというのに、ちっとも嬉しくなかった。
「返してよ!」
「駄目です」
教室を飛び出して、大和くんはスタスタと生徒会室に向かって歩き出した。
「鬼ーッ、悪魔ーッ」
「なんと言われようと、駄目なものは駄目です」
先ほどとは反対に、今度はあたしが大和くんを追っている。
教室からずっと叫び通しだから、周囲の視線も痛いほど突き刺さる。
「だっ…、だってそれ、特別なんだもん。大和くんだって分かるでしょう?」
「何がですか?」
「だ…だからその……、今日の日のために練習したのよ」
「手作りですか。だったら尚のこと返せません」
大和くんの良心に訴えてみたものの、彼には恋する乙女の気持ちなんて理解できないようで、
なんど言葉を発してもキッパリと断られてしまった。
「とにかく、あたしはそれをちゃんと自分の手で渡して……こ、告白……するんだから!」
真っ赤な顔でそう告げると、
「そんなことは無駄です」
その言葉に思わず足が止まった。
大和くんのその言葉は、もしかしなくても「告白されても迷惑だ」と遠まわしに言ったのだろうか。
だとしたら……なんか、泣きそう。
背後にあたしの気配を感じなくなったのか、大和くんは少し離れた場所から振り返って、
あたしの顔を見てギョッとしていた。
「な、なにを泣くことがあるんです?」
「だっ…て、大…和くん……が無駄っ…て……」
「これではまるで僕が泣かせたみたいじゃないですか」
「何…言っ……てる…のよ。その…通……りじゃ…ない……」
大和くんにチョコを渡しても無駄なんて言うことは、
つまり大和くんはあたしからは欲しくないってことで、
ようするにあたしのことが嫌いなのだ。
「嫌い…なら……構…わない…でよ」
嗚咽交じりにそう告げると、大和くんはポカンとした表情を見せる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何を言っているんですか」
「だ…から……それ…は、…そのチョコ…は……」
何とか涙を堪えて大和くんを見上げると、あたしは口を開く。
「大和くんにあげるチョコじゃない」
「…………は?」
人の告白をうけておいて、「は?」なんて信じられない。ビックリして堪えてた涙まで止まってしまった。
「だ、だとしたら。今まで必死に貴方が誰かに告白するのを阻止しようとしていた僕の取った行動は……」
「あたしは必死に告白を拒まれているんだと思ったよ」
答えると大和くんは激しく狼狽した。
その姿が可笑しくて、あたしは大和くんの手からチョコを奪い取ると、
「これ。あたしの気持ちだからさ。……その、受け取って?」
と、ようやくチョコを渡すことに成功したのだった。
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