Θ 日曜日のアリア Θ
「姉が貴方に会いたいみたいなんですが、週末の予定は埋まってますよね」
教室で会うなり大和くんはそんなことを口にした。
「では僕の方から断りの連絡を入れておきますね」
「ちょっ…」
何も答えずにいると大和くんはそんなことを言い出したので、あたしは慌てて大和くんの腕を掴んだ。
「行く。会いたい。週末バッチリ空いてる」
「…………はぁ。わかりました」
自分から言い出したのに大和くんは何故か盛大な溜息をついて、
けれど、あたしは初めて行く自分の彼氏の家に胸が膨らんだ。
予想どおり大和くんの家はすごく大きくて、あたしはキョロキョロしながら客間に案内された。
窓から見える庭は手入れが行き届いていて、ししおどしのカコンと言う音が響いていた。
それ以外の音は何もなく、だだっ広い家で音の無い緊張にそわそわしていた。
あたしは部屋に入ってもまだキョロキョロと辺りを見渡しながら、すごいねと感想を漏らすしかできなかった。
「少しは落ち着いたらどうですか」
「だっ、だって大和くんちすごすぎるんだもん。緊張しちゃうよ」
もうすぐお姉さんがお茶を持ってくると聞いて、ますます落ち着かなくなっていた。
「別に結婚報告ではなく客として来たのですから」
大和くんの言葉に過剰に反応してしまう。
「けっ! あ、あ、当たり前だよ。あたしたちまだ付き合って一年も経ってないんだし」
当の大和くんはこれといって慌てふためいたりなどしていない。
「わかりましたから叫ばないでください」
「誰のせいよ、誰の」
告げると大和くんはため息を吐く。
「なんどもいいますが、貴方はもっと女性としてしとやかに振る舞うべきです」
それは何度となく大和くんに言われ続けた言葉だ。
そのたびにあたしは自分に自信がなくなるのを大和くんは気づかない。
「貴方には姉の爪の垢を煎じて飲ませたいですよ」
大和くんがそう告げた瞬間、襖が開き綺麗な女の人があらわれた。
彼女はお茶を持ってきてくれたようで、テーブルのうえに湯呑みを並べた。
「そんなこと言うもんじゃありませんよ。恋さんも素敵な方じゃない」
「一体どこをどうみたらそう答えられるんですか」
呆れる大和くんに対して、
「そうねぇ」
お姉さんはふわりと微笑むと、テーブルのお茶を一口飲んだ。
ゆったりしたその動作に思わず見とれてしまった。
まるでそこだけ時間の流れがゆったりになったかのような錯覚に陥る。
「彼女は容姿も美しいけれど、心もとても美しいわ」
彼女は真っすぐにあたしをみつめる。
「一度決めたことは必ずやりとげる意志がある。そして、人を引き付ける魅力もね」
あまり誉められ慣れていないあたしは、尚も言葉を続けるお姉さんに真っ赤になって
「そんなことないです」
と告げた。あたしの横で聞いていた大和くんは、その言葉を否定することもなく、
ただ顔を赤らめて「失礼します」と部屋を出ていった。
「あらあら。照れちゃったみたいね」
「え?」
大和くんの出て行った襖を見つめるあたしに、お姉さん口を開いた。
「今の言葉。全部、大和の受け売りなのよ」
「えぇっ? だってあたしの前では全然」
告げるとお姉さんはにっこりと微笑んだ。
「じゃ、どうして私が初対面の貴方の名前を知ってたのかしら?」
それは大和くんから聞いた以外にありえなくて、
「大和ったら、実家に帰るたびにあなたの話ばかりなんだから」
そう微笑むお姉さんの言葉にあたしは信じられない気持ちでいっぱいになっていた。
「今日お会いするのが楽しみだったのよ。話通りの愛らしい方ね」
「姉さんっ!」
更に口を開くお姉さんの言葉を遮るように大和くんが部屋に戻ってきた。
「あることないこと彼女に告げるのはやめて下さい」
「何言ってるの。あることばかりじゃないの」
大和くんの言葉にお姉さんは怯むことはなく、
「あぁ、もう。貴方は耳でも塞いでてください」
「うわっ」
大和くんの手によって耳を塞がれたあたしには、それ以上の会話が届かないなった。
けれど、真っ赤な顔の大和くんと、優しそうに微笑むお姉さんに、
お姉さんの言葉が事実であったことが証明されていて、思わず微笑んでしまうのだった。
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