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旅は続く Θ
『君の命令だったから優しくしたんだ』
小次郎の言葉に、私は嬉しくなって頬を緩めた。
けれど小次郎にそんなだらしのない顔を見せるわけにはいかず、
口元を引き締めると彼の前をスタスタと歩きながら口を開いた。
「ですが、なにも背負うことはなかったのではないですか?」
「足をくじいていたんだ。仕方ない」
サラリと答えた小次郎に、私はすぐさま口を開いた。
「ですが……っ!」
名も知らない女が、小次郎に触れた。その事が、何故か私をイライラとさせる。
「どうしたんだ? 君らしくない」
「そう……ですね」
相手が子供だったのなら、私だってこんなにイラつかないだろう。
小次郎と親しげに話す年若いおなごだったというだけで、
無性に腹立たしくなってしまった。
そして私の苛立ちの原因に気付きもしない小次郎に、なおさら腹が立った。
「小次郎のせいです」
だから、ついポツリと言葉が漏れた。
「なに? オレがなんだというのだ」
「最近、小次郎が私に優しくありません」
「なにを言って……」
小次郎の反論をかき消すように、私は言葉をかぶせた。
「出会ったばかりのころは、もっと親切でした」
旅に慣れていない私に気遣い、励ましの声をかけてくれた。
ゆっくり休む暇がない時は、おぶって山道を歩いてくれた。
けれど、気づけば小次郎が私をおぶることはなくなってしまった。
それなのに、
会ったばかりのあのおなごのことは簡単におぶってしまったから悔しかった。
「……ハァ」
生後から盛大な溜息が聞こえ、ピタリと私の足が止まる。
呆れられてしまっただろうか。
こんな我が侭な主では、もう護衛などしたくないと言われてしまうんじゃないだろうか。
そんな考えが頭をよぎり、足が動かなくなってしまった。
そんな私に追いついた小次郎が、ポンと私の頭を撫ぜた。
「何故だろう。いつの頃からか、君に触れるのに理由が必要になった」
優しい眼差しで私を見つめると、
「なんとも思ってないおなごには簡単にできるのだけれどな」
なんて続けて口にするものだから、私の顔は一気に熱を帯びた。
「ん? どうした?」
小次郎は自分の発言の重大さに気付いていないようで、
「タコみたいになっているぞ」と呑気に私の顔を見て笑う。
「タコは余計です。日が暮れる前にさっさと行きますよ」
「立ち止まっていたのは君だろう」
「そうでしたか?」
「まったく、手のかかる主だな」
小次郎の言葉に私の機嫌はすっかり直り、再び足を進めた。
彼の言葉に一喜一憂しながら、私たちの旅はまだまだ続く。
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この二人はこれぐらいの距離が好きです