Θ 悪夢の前 Θ



双子の彼氏を持つ、なんていうのはありえないことだと思っていた。 だって双子といってもそれぞれ別の人間なのだから好きな部分は違うだろう。 けれど私の今いる世界は女王とマフィアのボスと遊園地のオーナーが争うありえない世界で、 そこで出会った双子は、個性など持ち合わせていないまるで同じ人間だった。 そして二人に告白をされ、私たちは恋人同士となった。



休憩時間。門人の二人は私の手をそれぞれ引いて庭に向かう。 そうして芝生に腰を下ろしておしゃべりをする。 幼稚といえば幼稚なお付き合いだが、双子にとってはこれがデートで、 私も久しぶりに安心できる時間を満喫していた。

「お姉さん、好き」
「僕も、僕も」

片方が愛の言葉と共に抱きつけば、負けじと残る一人もギュウと抱きつき、 私は「はいはい。わかったわかった」といいながらそれぞれの頭を撫でる。

「でも本当に一人じゃなくていいの? 二人を好きで、ずるくない?」

何度も確認したことだが、それども真っ直ぐに好意を伝えられると確認してしまう。 私だけ、どちらも選べずに二人を好きだというのはずるい気がして後ろめたかった。

「いいんだよ。僕らがお姉さんのこと好きなんだから」
「そうだよ。僕らいつでも入れ替わってるし、お姉さんの好きが定まらないのは当たり前だよ」

そう、この子たちはときどき洋服を入れ替えて遊んでいるらしい。 カラーコンタクトをつけて、喋り方を変えれば入れ替わったことにも気付かない。

「僕らは見分けて欲しいんじゃないよ」
「僕らはお姉さんに好かれてればそれでいいの」

だからそんなこと聞かないで、と言いたげにギュウとしがみつく。 私はずるいから、双子がこう答えてくれるのを知っていた。 双子がそれでも良いと言ってくれるのを知って、言わせている。 その瞬間は許されていると実感できるからだ。





夜中。珍しく、ディーが一人で私の元に来た。 パジャマだったから初めはわからなかったのだが、喋り方はディーだった。

「どうしたの? ディー」
「……お姉さんっ」

私に名を呼ばれた瞬間、ディーは子供のように(実際に子供だがここでは年齢が分からない)、 私に抱きついて泣き出した。

「ど、どうしたの? 怖い夢でも見たの?」

そっと頭を撫でてあげると、ディーは顔を上げて口を開く。

「お姉さんが……、僕より兄弟が好きだって……言った」
「私はそんなこと言ってないわ」
「でも、言ったんだ! 夢の中で、ハッキリと」

まだ寝ぼけているのだろう。 夢だとハッキリと口にしながら、現実の私に怒りをぶつけている。 そんな姿に、やはり子供なんだと安心した。

「ねぇ、ディー。私は、ディーのことが好きよ」

頭を撫でながら優しく告げる。

「ホン…ト? 兄弟よりも、好き?」
「え…?」

今までこんな尋ね方はされたことがなかったから、思わず驚いてしまった。 けれど夢にまで見てしまうぐらいだ。 口では「ずるくない」といいつつ、ずっと気にしていたのだろう。 不安げに見つめる瞳に、私はふわりと優しい笑みを浮かべると答えた。

「えぇ。ダムよりも、ディーが好きよ」
「ホント? ホントにホント?」
「えぇ」

どちらが好きでも構わない。 ただ、求める言葉を与えてあげるのが一番いいと抱きしめながら思った。


「……そっか。お姉さんは兄弟の方が好きだったんだね」


腕の中から、ダムの声がした。

「……え?」
「言ったよね、お姉さん」

にっこりと顔をあげたディー(だと思い込んでいた相手)は、口を開く。

「お姉さんが僕らのどちらかを選んだら、僕悔しくて兄弟を殺しちゃうって」
「だ、駄目よ、ダム」

慌てて止める。だが、ダムはにっこりと笑ったまま。

「何で止めるの? ディーが好きだから?」
「違っ……」

否定した瞬間、今度はディーの声になる。

「ひどいやひどいや、お姉さん。僕を弄んだな」
「……っ」

目の前にいたのはダムだったはずなのに、再びディーに変わる。 それよりも、初めからディーのままだったのではとさえ思えてくる。

「ふふっ。意地悪はここまでにしてあげる」

けれど再び聞こえた声はダムのもので、初めから私はダムに騙されていたようだ。

「これから兄弟を殺してくるから、僕か兄弟。どっちが好きか決めておいてね、お姉さん」
「………………」

私は答えられなかった。答えてしまったら、明日、ダムはきっとその姿で現れるからだ。


「兄弟は、お姉さんの次に僕が好きなんだけどね」

ドアへと向かいながら、ポツリとダムは口を開いた。

「僕はお姉さんとお金の次に兄弟が好きなんだよ」

振り返った顔はもはや判別など出来なくなっていた。

「……だから、別に悲しくないかな」

にっこりと笑うその顔は無邪気な子供そのもので、 これから自分の片割れを殺しにいくなんて到底思えなかった。


「……待っててね、おねえさん」


笑いながら立ち去ったダムの後姿を見ながら、夜なんて明けなければいいと思った。



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可愛いんだけど時々残酷なこの子達も好きです