Θ 雨の中のメロディ Θ



その日は朝から雨が降っていた。この世界にきてから初めての雨のように感じる。 ブラッドはいつも以上にだるそうに部屋に閉じこもっていた。 双子たちは「雨だから今日はお休みだね」なんて告げて部屋で遊んでしまっている。 ただ一人エリオットだけが朝から見回りに出掛け、真面目に働いていた。

「ひよこウサギはバカだから風邪引かないんだよ」

双子たちはいうが、雨は時間の経過とともに強くなり、私は心配になった。

「やっぱり私、様子をみてくるよ」
「お姉さん人がいいなぁ」
「お姉さんについていきたいけど、ひよこウサギのためってなると嫌だよね、兄弟」
「そうだね。ってことでお姉さんいってらっしゃい」

にっこりと双子は笑って私を見送ってくれた。 はじめから期待はしていなかったが、彼らが傘を持たせてくれたのは意外だった。

「いざとなったらこれでひよこウサギの××××を突いてやるといいよ」
「もしそうなったら僕らを呼んでね。ひよこウサギの××××に××××してやる」

もはや苦笑いしか出なかった。雨が降って風邪の心配をしているというのに この双子は本当にエリオットのことなど心配していないのだ。





雨の中を一人で歩くのは少しだけ心細い。 元の世界にいた頃は、私を気遣って姉は学校まで馬車を用意させていた。 それはそれで恥ずかしいから嫌だったが、姉の好意は素直に受けた。 だから、傘を差して歩くなんて絶対しないと思っていた。 それも誰かのために一人で歩くなど、私には考えられなかった。

「……はぁ。完全にやられてるわね」

この世界に来てお世話になった帽子屋ファミリー。 そこで一番に仲良くなったのは、マフィアのナンバー2。 響きだけ聞けば危険な男のようだが、実際はそんなことない。 頭からウサギの耳を垂らして、感情に合わせてよく動く。 ニンジンが大好きで、これでもかってぐらいパリポリ食べて見てて飽きない。 裏表のない人だから感情は人一倍ストレートに告げて、気付けば友情の域を出ていた。

「……でも、楽しい」

恋人を雨の日に迎えに行く。そんな甘ったるいことは、元の世界では考えられなかった。 けれど今は、彼を迎えに行くと考えるだけでその道のりまでもが楽しくなってきた。 私を見たらエリオットはどんな顔をするだろうか。 それよりも、雨の中震えて雨宿りしていたらどうしよう。 捨て犬のような顔で見つめられてしまったら、どうしよう。

「……やばい。可愛いからっ」

鼻血が出そうな衝動に駆られながら、私は歩いた。


予想通り、エリオットは雨宿りしていた。時計塔の下で寂しそうな顔をして、雨が弱まるのを待っていた。

「エリオット、お疲れ様ー」

私が声をかけると、エリオットはピンと耳を立てて振り返る。

「雨、弱くならないみたいだから迎えに来たの」
「アリスー!!」

私の姿をとらえるなり、この男は両手広げて抱きついてきた。 もちろん私にこの男を支えるだけの力なんてなく、 もちろんこの男にも加減というものをする気はなくて、

「きゃっ」
「おわっ」

雨の中押し倒されていた。


「ちょっと、もう。傘さしてきた意味ないじゃない!!」

身体を起こしてそう告げると、エリオットの耳がシュンと下がるのが見えた。 そんなふうに落ち込まれたらなんだか私が悪者みたいだ。

「……お、怒ってないわよ。ただ、全身ずぶ濡れが気持ち悪いってだけで……」

告げるとエリオットはピンと耳を立てて口を開く。

「なら一緒に風呂に入ればいいじゃんか」
「……は?」
「アリスと一緒に風呂入れるなんて、楽しみだなー」
「ちょっとあなた……まさかわざと飛びついたんじゃないでしょうね」

エリオットは後先考えず、本能のままに行動したんだと思っていた。 けれどこれでもマフィアのナンバー2を任されている男だ。 時には頭を使って行動することもあるのだろう。

「知らねー。別にいいじゃんか。俺はアリスが大好きなんだから」

差し出された手を借りて起き上がると、改めてというようにエリオットが抱きついた。 今度は加減をしたのか私はひっくり返らず、エリオットを受け止めることができた。

「雨の日ってのも、悪くはねーな」
「……まったく。仕方ないわね」

そして結局私はエリオットに甘いのだ。 濡れた身体を温めるためと何度も言って、一緒にお風呂に入る約束をするのだった。



» Back

帽子屋ファミリーのお風呂イベント可愛くて大好きです