Θ
あなたの腕の中ならば Θ
神様に報告を済ませた後、私は謡に誘われ神社の境内に腰を下ろした。
(なんだろう、渡したい物って……)
ドキドキと待ち構える私に、
「ホイ、これだ」
謡は鈴を手渡した。
「え? ……あ、この鈴!」
それは……あの夜なくしてしまった、双神の鈴だった。
どれだけ探しても見つからなかった鈴が、いま、私の手の中で夕日の優しい光を受け、オレンジに輝いている。
「見つけといたから、ちゃんと持っておけよ」
「ありがとう! もう、探せないと思ってた……良かった、見つかって……!」
吟さんに貰ったものだけれど、私にとっては謡の持っている鈴と対になっているということが重要だった。
「……そんだけ喜んでもらえりゃ見つけた甲斐もあったな」
謡も嬉しそうに微笑んでいる。
差し出された鈴を受け取ろうと両手を出したもの、謡は私の手に鈴をのせてくれない。
「このまま返すと、お前また落としそうだよな」
「そ、そんな事ないよ」
慌てて答えてみたものの、謡はやっぱり鈴を手渡してくれなかった。
「その、よ。お前もオレみたいにしたらいいと思うんだ」
「?」
「だ、だから、髪にくくってりゃ失くした時オレがすぐ気付いてやれんだろ?」
そう言われて、謡の言わんとしていることが理解できた。
「わ、分かったらさっさと頭貸せ!」
恥ずかしそうにそう告げた謡を見るとつい笑ってしまいそうだったけれど、
子供が母親に髪を結ってもらうときのように謡に背を向けることにした。
謡の手が、私の髪にそっと触れる。ふと、彼が髪を結うことができるんだろうかと疑問が浮かんだけれど、
自分の髪を結っているぐらいなのだからきっと私の髪も結えるだろうと考えを改めた。
指通りを確かめるように何度も手ぐしでとかされくすぐったいような心地いいような、不思議な感覚だ。
「お前の髪って、柔らかくてサラサラなのな」
そんなことを言われると、ちょっと恥ずかしくなってしまう。
「う、謡の髪の方が柔らかそうだけど……」
ふわふわのあの髪を想像しながら答えると
「いや、お前の髪はずっと触ってしたくなるっつーか」
感触を確かめるように何度も撫でて、
「……なんか良い匂いすっし」
と続けた。
「シャ、シャンプーは謡と同じだから、匂いは一緒だと思うけど」
背を向けていて良かった。急にそんなことを言われるものだから、顔が熱くてたまらない。
「そか?」
「そう、だよ。たぶん」
謡がどんなシャンプーで髪を洗ってるかなんて知らないけれど、あの家ではシャンプーは一種類しかなかったから同じはずだ。
「そっか。オレと同じ匂いか……」
改めてそんな事を言われるとものすごく恥ずかしい。けれど謡の声音が嬉しそうだから、私も少しだけ嬉しい。
「よし、出来た」
いつの間にか髪を結い終えたようだ。満足気な謡の声に振り返ると、
「おそろいだな」
へへっと笑う謡がいた。
「うん」
謡が笑うと私も嬉しい。
「こんなふうに、お前と過ごしておそろいが増えてくといいな」
謡の何気ない一言は、いつだって私を幸せにしてくれる。
「うん、それってすごく素敵なことだと思う」
「そっか。同じ気持ちってだけでも嬉しいのに、お前と同じ考えだってわかると、すっげー嬉しい」
そんなふうに言われると、胸がぎゅーっと締め付けられる。
今すぐ謡に抱き付きたいのに恥ずかしくてそんなことは出来なくて、でもやっぱり抱き付きたくてどうしようと思っていると
「あの、さ。今すっげー凛を抱きしめたいんだけど……その、抱きしめてもいいですか?」
真っ赤な顔で謡がそんなことを言うものだから
「うん」
と言って私の方から抱き付いた。
背中に回された謡の腕は温かくて、涙が出そうなくらい優しかった。
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嬉しさに涙が出るもよし、真相を知ってて無意識に泣いてもよし。お好きな解釈でどうぞ^^