私は今、怒っている。
最近お仕事が忙しいみたいで残業続きだった戸高さん。
今日こそは早く帰ると言っていたからごちそうを作って待っていたのに、
夕飯の支度が終わったタイミングで『ごめん、帰れない』とメールがあったのだ。
「麻〜衣〜」
戸高さんが目じりを下げて、申し訳なさそうに私を呼ぶ。
「…………」
けれど私は無言を貫く。
「麻〜衣〜」
だって、戸高さんの口元はさっきから笑っているからだ。
「麻〜衣ちゃんってば」
「……知りません」
プイと顔をそらすと、くくっと戸高さんが笑うから、私の機嫌はますます悪くなる。
「ごめんごめん。麻衣が怒ってるのがチョー嬉しくて……」
「なんですか、それ。戸高さんってマゾだったんですか?」
機嫌の悪い私は、言わなくていいことをつい口にしてしまう。
その言葉で、戸高さんはますます楽しそうに笑う。
「マゾか。んー、どっちかっていうと攻める方が好きだけど、麻衣になら攻められてもいいかな」
「何言ってるんですか」
「ごめんごめん」
顔を向けて怒れば、彼はウインクして両手を合わせた。
喧嘩した時の「このとーり、許して」のポーズだけれど、その口元は相変わらず笑っている。
「そんなヘラヘラ謝られても、許しません」
「だって、麻衣がそんな怒ってるのって、それだけオレに会いたくて会いたくて仕方なかったってことでしょ?」
「……ッ!」
確かにそうだ。
やっと会えると期待してしまったから、会えなかった反動がこんなにも大きいのだ。
「そう思ったら嬉しくて、もっと怒ってほしいなって」
「そうですか。それなら今日一日私は存分に怒らせて頂きます」
そう言ってフンと顔をそむけると、
「あ。麻衣が怒ってるのは嬉しいけど、やっぱオレは麻衣の笑顔が一番好きだから……」
戸高さんは私に近づいくと、正面に回って頬に手を伸ばした。
そして、触れるだけのキスを一つ落とすと、
「笑って。オレも麻衣に会えなくて寂しかったのはホントだから」
私の大好きな笑顔でにっこりと笑うのだった。
そんな笑顔を見せられてはこれ以上怒れなくて、
「……もう。ずるいんだから」
彼の望む笑顔を見せてしまうのだった。
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喧嘩しても戸高さんは喜びそうだなと。