「先輩、おれにクッキーの作り方を教えてもらえますか?」

帰りがけの廊下で、そう言って声をかけてきたのは後輩の朝霧くんだった。

「どうしたの? 急に。あ、お菓子作りが今のマイブームなの?」

そう訊ねると、

「クラスの人にもらった手作りクッキーが美味しかったので、自分でも作ってみようかなって思って…」

と彼は答えるものだから、私はなるほどと納得した。





Θ 年下の男の子 Θ





私のクラスでも、バレンタインが近いおかげで、手作りお菓子のあげあいがちょっとしたブームになっていた。きっと彼も似たような理由でお菓子をもらったのだろう。ただ私と違うことは、彼が男の子だということだ。女の子同士のあげあいと違って、彼が受け取ったものは本命に違いない。

(きっとその子は、朝霧くんのことが好きだから手作りお菓子をあげたんだよね……)

顔も知らない後輩の女の子を不憫に思っていると、

「先輩?」

朝霧くんは私の返事を催促した。

「あ、うん。作り方ね。もちろん知ってるから教えてあげるのは簡単だけど……」

私の言葉に朝霧くんはパッと顔を輝かせた。けれど、

「でも、敦士くんが作れるようになると、その子が困るんじゃないかな」

続けた言葉に彼は困惑の色を浮かべた。

「その子はたぶん、朝霧くんが好きだから、手作りのお菓子をあげたんだと思うよ」

分かりやすいよう言葉を選んだつもりだったけれど、彼はますます困惑の色を強くした。

「えっと、先輩。おれにクッキーくれた相手は男なんですけど、その場合も好きってことになると思いますか?」

大真面目に告げられた言葉に、今度は私が困惑する番だった。

(朝霧くんだったら可愛いし、男の子にもモテるのかも……いや、さすがにそれはないか。ただ単にお菓子を作るのが好きな子かもしれないし、逆バレンタインの味見の可能性もあるし……)

頭の中で様々な可能性を考え、

「ごめん。私の勘違い。好きっていっても特別な意味はないのかも」

という結論に至った。その言葉に、

「よかった」

心底ホッとした顔で彼は告げた。

「おれ、特別な人がいるから、そうだったらそいつに悪いなって考えちゃいました」

ふふっと笑う朝霧くんを前に、

「そっか」

平常心を装って返事をしたけれど、顔がこわばってしまった。先ほど朝霧くんのことを好きな子がお菓子をあげたと勘違いしたときはなんともなかったのに、本人の口から特別な人がいると聞かされて胸がぎゅっと締め付けられたようだった。

(好きな子、いるんだ)

健全な高校生男子なら、好きな子の一人や二人いるだろう。その可能性はゼロじゃなかったのに、無意識に考えを放棄していたのは私が彼を特別に思っているからだろう。こんな形で訪れた失恋に落ち込んでいると、

「ところで先輩」

と朝霧くんは口を開いた。そしてそのまま、

「クッキーは好きですか?」

と訊ねる。

「え、うん。好きだよ」

何も考えずにそう答えれば、朝霧くんはにっこりと笑った。

「そうですか。では、楽しみにしててください。おれ、先輩に作りますから」

なんて告げるものだから私は顔を真っ赤にしてしまった。だって、会話の流れから考えて彼の特別な人が私なんじゃないかと、期待してしまったからだ。

「は、はい」

 真っ赤な顔でそう答えると、彼はにっこりと笑顔を返してくれた。その顔を見ると私はますます落ち着かなくて、バレンタインまでの数日間はいつも以上にそわそわと落ち着かない日々を過ごすのだった。



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朝霧くん可愛かったです(*ノノ)