( どうしよう。手、繋ぎたいな )

部屋まで送ってくれると申し出た玄徳さんの大きな手を後ろから眺めながら、 唐突にそんなことを思った。





Θ once more Θ





この手に触れたのは、つい先日。 真っ暗で足元が見えにくい中、石か何かにつまずいた私を支えてくれた。 その時、離すタイミングを失ったまま手を繋いでしまった。 「手を繋いでいる」と意識したら急に恥ずかしくなって、不自然に振りほどいてしまったのだ。 そのあと玄徳さんは気にしていないようだったけれど、 私が嫌だと思って振りほどかれたと感じてるのかもしれない。

( だとしたら、私から繋がなきゃだよね )

あの日から、玄徳さんと少し距離ができたように感じていた。 私が意識しすぎているだけなのかもしれないけれど、 それでも、話をする回数が減ったような気がしたのだ。

「眠れなかったのか?」
「は、はい!」

ふいに玄徳さんが話しかけるものだから、思わず大きな声を出してしまった。

「えと、その。少し考え事がありまして……」

声のトーンに注意しながら答えると、「そうか」と彼は呟いた。 以前だったら隣に並んで会話していたから、相手の顔がちゃんと見えた。 けれど、今は背中しか見えなくて少し寂しい。 やっぱり、玄徳さんと距離ができてしまったのは気のせいなんかじゃない。

( だとしたら、私のせい……だよね )

彼の背中に向けて手を伸ばしてみるものの、あと一歩が踏み出せない。 何度か空を掴んで、えいと勢いよく伸ばした手を握り締めた。

「!!」

勢いが良すぎて服だけでなく彼の腕を掴んでしまった。

「あ、あああ、あの」

けれどここでまた手を離したら、前回と同じことになってしまう。 離してしまいそうになった手に力を込めて、俯いたまま私は一気に口を開いた。

「く、暗くて足元が良く見えないので……、その、手を繋いでもらってもいいですか?」

私の視線には床が広がっているから、彼がどんな顔で私の言葉を聞いているのか分からない。 けれど、痛いほど視線を感じて顔を上げることなんてできなかった。
やっぱり迷惑だったのだろうか。 この間のはただの親切で、そんな優しさを振り払った私には手を繋ぐ資格なんてないのだろうか。
そんなことをぐるぐると考えて手を離そうと力を緩めると、

「そういうことは、早く言えよ」

優しい声音とともにぎゅっと手が握られた。

「…………っ」
「ん?」

何も言えない私を、彼がじっと見つめる。 その表情は以前とまったく変わらない優しさがあって、涙が出そうだった。

「あ、りがとう……ござい、ます」
「礼を言われることじゃないだろ?」
「いえ。この間、思わず振りほどいてしまったので、もう繋いでもらえないかと……」
「あー…、いや。俺も振りほどかれるのが怖くて、躊躇していた部分もあったからな」

そう言って苦笑する玄徳さんは、ぎゅっと繋いだ手に力を込めてくれた。 またこうして手を繋げるのが本当に嬉しくて、この手の温かさをもう二度と振りほどくものかと誓った。



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