( また、やっちゃった…… )

そう思っているのに顔が上げられなかった。 だってきっと目の前には眉間にしわを寄せた黎明がいるからだ。

「し、司狼は今日、どこかに出かけるの?」

視線を右の方向へずらして、私は明るい口調で尋ねた。

「いや? 双葉ちゃんどっか行きたかったのか?」
「う、うん……。駅前に新しく出来たカフェに行ってみたいなぁ……なんて」

そう口にすると、

「でしたら僕が同行しますよ」

と、黎明が口を開いた。

「わ、悪いからいいよ」
「構いません」
「私が構うんだって……」

二人きりで出かけるなんてことになったら、私が耐えられない。

「それに、ほら。紅茶なら黎明が入れてくれるんだからわざわざ外で飲まなくても……」

しどろもどろになりながらそう告げると、右側で司狼が笑いを堪えるのが目に入った。 それもそうだろう。こんなやり取りはここのところ毎日のように行われている。





いつから、という明確な日付なんて覚えていない。 ただ気づいたら、私の目は黎明を追っていた。

もともと綺麗な顔だから目を引くんだと思っていた。 けれど、意外と子供っぽいところや、優しい部分を知るたびに、私は嬉しくてたまらなくなっていた。 それが恋だと自覚したら、今まで彼にどう接していたのか分からなくなってしまった。

自分から見つめていたくせに目が合えば逸らすし、 黎明がどこかに誘ってくれても、二人きりが気まずくて私は断ってばかり。 そのくせ同じ顔の司狼にはいつも通り話してしまうから、きっと黎明の心中は穏やかではないだろう。





「双葉。話があります」

お茶の時間を追えてサロンを出ようとした私の手を、黎明が掴んだ。 頼みの司狼も「観念するんだな」なんて笑ってさっさと退散してしまったから、 この場には私と黎明の二人きり。 バタンと閉まったドアを背に、黎明を見上げる。 真剣の表情はどこか怒っているようで、怖いと思った。

「……僕に至らぬ点があるのでしょうか?」

飛び出した言葉に私はただ小さな子供が意思表示をするように頭を振った。

「てっきり貴女が怒っているんだと思ったんですが」
「黎明…は……、何も悪くないよ」
「だったら、僕を避ける理由を話して下さい」

掴まれたままの左手に、ギリッと力が込められる。 思わず声を漏らしてしまったけれど、黎明は力を緩めてはくれない。

「司狼とは楽しそうに話をして、僕のことは顔を見るのも嫌ですか?」
「違う」
「だったら何故!」

苦しそうなその声に、黎明が泣いているんじゃないかと空いた手を伸ばした。 涙は流れていなかったけれど、ここ数日私がたくさん傷つけていたことは痛いぐらいに伝わった。

「……ごめん、ね。黎明」

私が臆病だったせいで、彼をこんなにも傷つけてしまったようだ。

「私……黎明が好きみたいなんだ」

覚悟を決めればその言葉はひどく簡単にこぼれて、 目の前の黎明は静かに私を見つめている。

「……あの、何か反応をもらえないと寂しいんだけど……」

相変わらず黎明は表情も変えずにただ私を見つめていた。 けれど、私の言葉に段々とその頬に赤みが増していくのが分かった。

「……てっきり……嫌われているのかと」
「うん、ごめん」
「貴女は司狼が好きなんだと……」
「それはないよ」

キッパリと告げると黎明はふわりと微笑んで、

「僕も……貴女を愛してます」

予想以上の答えと共に抱きしめられていた。



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ありきたりな、でもこういうの好きなんです