休みの日に黎明と二人昼食の支度をするのはいつの間にか日課になっていて、 初めて会った頃はひどく怖いと感じた彼に、 今は平気で笑みを浮かべる自分が心底不思議でしかたなかった。

「……ふふっ」

ニンジンの皮をむきながら不意に笑うと、

「どうしましたか?」

隣でジャガイモの皮をむく黎明が尋ねた。

「うん、黎明って初めて会った頃は怖かったのに、今は全然平気だなーって思って」
「それのどこに笑う要素かあったんですか?」

生真面目な黎明はこうしていちいち変なところで突っ込みを入れる。 そこがまた可笑しくて私は笑うのに、本人は心外だとばかりに怪訝な顔で私を見つめる。

「勉強もスポーツもできるのに、アルコールが弱いし……」

あの時のことを思い出してクスクスと笑う私に、

「……双葉」

にっこりと黎明は笑って口を開いた。




黎明と付き合いが長くなって彼の性格はなんとなくわかるようになった。 だから上機嫌に笑みを浮かべ、だけれど目だけは笑っていないこの状況は、 それだけ怒っているんだということがひしひしと伝わってくる。

「言いましたよね? 忘れて下さい、と」

あの時の再現でもするように、私の右の頬をつねりあげる黎明。

「あなたは物忘れが激しいようですから、痛みを与えるだけでは覚えていられないようですね」

そう一方的に告げると、パッと手を離す。 すかさず私は「痛い」と抗議しようと口を開くのだけれど、 それより早くスッと黎明の冷たい手が頬に触れ、ふわりと柔らかものが唇をかすめた。

「〜〜〜ッ!!」

私はただ金魚のように口をパクパクとさせながら、黎明を見つめることしかできない。 だって今、黎明は私の唇を奪ったのだ。 なんで?! とか、どうして今?! とか色んな疑問が次々に浮かぶのだけれど、 私の口からは何も発せられなかった。 そんな私の様子が心底愉快だったのか、黎明はふわりと笑うと、

「記憶から飛ぶぐらいあなたにとって強烈なことをしてみました」

なんてことを告げた。

「なっ、ななっ!」

なおも言葉を告げられない私に、

「思い出すたびにこれは実行しますので、そのつもりで」

なんて念を押すように黎明は告げると、

「ほら、手が止まっていますよ、双葉」

今しがたの出来事などなんでもないとでもいうように、黎明はジャガイモの皮むきを再開するのだった。



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さぁ、私の頬もつねっておくれ!!