Θ とまらない、とめられない Θ



アイツはクラスメートで剣道仲間で、 見た目は女みてーなのに転校早々三回も喧嘩騒ぎを起こした奴で、 なのに冗談めかしていった「いつでも嫁にいけんじゃねーの?」という俺の言葉に、 「だといいけど」なんて返すもんだから、なんか妙にこいつの隣が落ち着かなくなっちまった。 それは嫌な居心地の悪さではなく寧ろ……。


「落ち着け、俺。あいつは男だ。見た目に騙されんな」


そう何度も言い聞かせて慌てて弁当を口に入れた。





その日は別に腹が減ったっつーわけじゃなかったのに、気づいたら早弁をしていた。 チラリと隣へ顔を向けると、要が仕方ないなぁって顔で笑っていた。



早弁をした俺は案の定昼休みに空腹に打ちひしがれていた。

「十馬、行くぞ」
「あ? 俺、早弁したし、金欠だし……」
「今更なに言ってんのさ。うだうだ言わずに来る」

ずるずると引きずられるように俺は要の後に続いた。向かった先はあの屋上。

「ほら。食えよ」

ポンと渡されたのは要の昼飯にしては大きな重箱。

「いつもいつもオレのを分けてもいいけど、午後の授業もたないだろ?」

あの日から、早弁をしては俺は要に弁当を分けてもらっていた。 なんでか俺はそれがすっげぇ嬉しかったけど、要の迷惑になってたんじゃと今更気づいた。

「わ、悪い。なんつーか、おまえの弁当うまくてよ」

自分でも何でこんなにほしがるのかわからないから要にも説明ができない。

「でも、そーだよな。俺が半分以上食ってたらおまえ、午後もたねーよな」

そう告げると要はポカンとして

「なに言ってんだよ。十馬。オレが足りないっていったのは十馬がだよ」
「は? 俺?」

心配する相手が違うだろと思わず突っ込みそうになった。

「そうそう。普段アレだけ食ってるのにオレの弁当じゃ全然足りないだろ?」
「でも、要の弁当はうまいからまぁ足りるっつーか」
「あはは。そりゃ嬉しいけど、まーオレが見てて嫌なんだよ」
「へ?」

見てて嫌っつーのはどういう意味だ? 俺が要の弁当を食ってるのが?  ま、傍から見たら脅し取ってるようにも見えなくないがここはひとけのない場所だし。 要と俺の二人きりで他に目撃者なんてのもいないから、他人の目が気になるってわけでもねーし。 ……二人きり? ちょっ、何考えてんだ、俺。要はダチだぞ。変な意識すんな!

「なんつーか。ガツガツ食うぐらいの十馬が好きだからさ」
「す、好き?!」

頭の中でグルグル考えていたから、好きという単語しか聞き取れず過剰反応を示してしまった。

「なに大声出してんだよ。とにかく、一人分作るのも二人分作るのも手間は一緒だからさ」

言いながら要は割り箸を俺に手渡した。

「今度から作ってきてやるよ」

それは嬉しい提案だけれど、申し訳ない気もしてきた。 いや、もともとは要の弁当が食いたいから早弁してたんだから、これは願ったりなんだけど……

「あーもう、そんな顔すんなっての」

悩んでいる俺の額をピンと人差し指で小突くと、要は口を開いた。

「言ったろ? オレ、料理の特訓中だって。十馬はいっぱい食ってくれるからちょうどいいんだよ」
「……ホントか?」
「飯のことで遠慮するなんてらしくねーな」

そう言って要は俺の返事を待たずに弁当をあけた。

「今日はデザートもあってな。じゃじゃーん。ウサちゃんりんご」
「バッ、んなオンナノコみてーなもん作るんじゃねーよ!」

いつもの調子で怒った俺を見て、要は笑った。 その笑顔に食べ過ぎたときとはちょっと違う苦しさが俺の胸におこった。


「落ち着け、俺。あいつは男だ。見た目に騙されんな」


そう何度も言い聞かせてみるけど手遅れなのは自分が一番よく知っていた。



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十馬視点の続き。意識したらもう止まらない