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きみが笑うから Θ
ガツガツガツガツと、隣の席の男は、机に立てた教科書に隠れるようにして早弁をしている。
弁当箱でさえ大きすぎて机からはみ出ているというのに、
男はうまいこと教師にバレていないと思っているようだ。
授業終了のチャイムを合図に購買へ走るもの、弁当を広げるものなどそれぞれご飯の支度を始める。
私も鞄からお弁当箱を取り出そうとしながら隣の席をみた。
「だぁぁぁっ、腹減った」
毎度おなじみの光景なのでもうため息すらでない。
「だったら早弁しなきゃいいだろ。学習能力ないなぁキミは」
「なにっ! 俺が早弁したのしってんのか!」
「みんな知ってるよ」
まったく。十馬ときたら毎回毎回懲りない奴だ。
「……腹へった」
頬杖をついたままポツリと呟く。
「だったら学食なり購買行けばいいだろ」
「昨日部活の後にラーメンくっちまってすっからかん」
「……またかよ」
ほんっとに、毎回毎回懲りない奴だ。
あたりを見渡せばクラスメートは黙々とお弁当を片づけていた。
一度目は、クラス全員で少しずつ弁当を分けてやったことがあった。
そのときコイツは本当に感謝してくれたから「ま、いっか」なんて思ってしまったのだが、
だが、こう何度も続くとさすがに呆れてしまう。
「仕方ないなぁ。ちょっとこっち来いよ」
ため息をついて鞄をつかむと、空いた手で十馬の腕をつかんで歩き出した。
「なぁ、そっち学食じゃないぜ」
スタスタと歩く私に引っ張られながら十馬は口を開いた。
「なんでオレが十馬に飯をおごってやるんだ。破産すんだろ」
「じゃどこ行くんだよ」
「屋上」
バンと勢いに任せて戸を開けると、ドアの反対側の陰になった部分に十馬を引っ張り込んだ。
そこはひとけのまったくない場所で、なんだか私が十馬を連れ込んだみたいだなぁなんて考えてしまう。
「か…要っ」
案の定、十馬は真っ赤な顔で私を見た。
私は赤くなりそうな顔を誤魔化すように不機嫌そうな表情を作るとその場所に腰を下ろした。
「なに顔を赤らめてんだよ。ほら、十馬も座れって」
ポンポンと自分が座った隣を叩くと十馬は首を傾げながらも座った。
「ほら。これでも腹の足しになんだろ」
言って私は自分の弁当を十馬に渡した。
「い、いいのか? おまえだって飯食うだろ」
「オレは前に安倍先生にもらったカロリーバーがあるから平気」
鞄の中から取り出したのは、この間の放課後に先生の手伝いをしたお礼として受け取ったカロリーバー。
高校生男子にしては少ない食事だと思うけれど、こう見えても私は普通の女の子。
ってなわけで、これ一本でも午後の授業ぐらいは持ちこたえる自信があった。
「十馬はこんだけじゃ絶対たんないだろ? なら、少ないかもしんないけどご飯とおかずがある方がいいかなって」
「おぅ。恩に着るぜ」
言って十馬は満面の笑みで弁当箱のふたを開け固まった。
「要サン」
引きつった笑顔で、私をサン付けで呼ぶ。
「なんだよ」
「それはこっちの台詞だ。なんだこのオンナノコが作ったような弁当は」
十馬は私の会心の力作であるタコさんウインナを箸でつまみながら告げた。
いや、実際作ったのは女の子なんだって……なんてことは口が裂けても言えない。
「可愛いだろ。タコさんウインナにゴマで目を付けるのが難しくてな」
と、ケタケタと言ってのける。
女であることがバレると仕事に支障が出るから、この際少々乙女チックな男の子と思われるしかない。
「んなこた聞いてねーよ。…っつかお前が作ったの? マジで?」
驚いて弁当と私を交互にみる十馬に私は胸を張って答えた。
「へっへーん。今時の男は料理の一つもできなきゃな」
ま、女の私ですら綾乃さんがいなかったらここまで作れなかったけど……なんて言葉も飲み込む。
「へぇ……あ、うまい」
「ったりまえだろ。これでも特訓してんだから」
胸を張って答えた。
料理を頑張ってるのは嘘じゃないし、男の十馬に「うまい」と言われるのはやっぱり女として嬉しい。
「ほー。んじゃいつでも嫁にいけんじゃねーの?」
「ははっ、だといーけどな」
思わずそう返事して固まった。女だってバレないようにってあれほど誓ったのに墓穴だ。
隣では十馬も口を開けたまま固まっている。なんとか誤魔化さないと。
「バッ、バカ。オレがもらうんだよ。お嫁さんは!」
なんとかそれだけ言うと私はカロリーバーを口につっこんだ。
十馬はその後特につっこんだ質問はしてこなかったから、きっとバレなかったんだと思う。
ホッと胸をなで下ろしながらチラリと十馬を覗き見ると、
彼は何事もなかったかのように「うまい、うまい」と食べていた。
十馬に喜んでもらえたというそれだけで、さきほどまでヤバイヤバイと焦っていた私は
「ま、いっか」と気楽なことを考えてしまっていた。
女だとバレる危険性は増えたものの、十馬と二人で食べる弁当も悪くない。
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無自覚で十馬を喜ばせたい要