「用がなければ基本的に無視して下さい」

以前、二郎真君に捕まった私を冷ややかな目で見ながら、木叉様はキッパリと告げた。 今日もフラリとやってきた二郎真君が諦めてさっさと天界に戻るよう、 挨拶をしてからはずっと無視を決め込んでいるというのに、

「ふふ。なるほど」

どこか弾んだ声で一人納得した二郎真君は、ニコニコと私の横を歩いていた。




Θ きみを道連れに退屈しのぎ Θ





「……あの」
「なんだい?」

声をかければ返事をするものの、彼から話しかけてくる様子はない。 何も言わず、ただニコニコとずっと私の隣を歩いていたのだ。 無視するように言われていたけれど、何も言わなければずっとこのまま留まるような気がして、 根負けした私はついに口を開いた。

「木叉様にまた怒られてしまいますよ?」
「おや、君は私を心配してくれるというのかい?」

彼の心配というよりは、木叉様の胃の方を心配したい。 きっとまた彼のことだから仕事を放り投げてこちらに来てしまったのだろう。

「木叉様も大変ですね」
「そう思うのかい?」

文句を言いながらも彼の投げ出した仕事に追われている木叉様を想像し、 ため息混じりにそう告げると、彼は意外そうに眉をあげた。 本人に自覚がないのだからこそ、たちがわるい。

「木叉は私に対してちょっと厳しいところがあるんだよ」

シレッとそんなことを言われ、思わず声を荒げて告げた。

「二郎真君がフラフラとされているから、いつもいつも木叉様は怒ってらっしゃるんだと思います」
「おやおや。君は随分と木叉の肩を持つんだね」

言われて顔を上げるとそこにはいつものヘラヘラとした真君の姿はなくて、 正直「しまった」と思った。 だって彼は不真面目だけれど天界でもかなりの偉い方だと聞いている。 そんな方に声を荒げるなど、身分違いもいいところだ。

「すみませ……」

謝ろうとした言葉は、真君の手が私に伸びたことで止まってしまった。 殴られるとは思ってはいなかったけれど、私は打たれてもおかしくないことをしたのだ。 ぎゅっと瞼を閉じて彼の行動を待つと、ふわりと頬に温もりを感じた。 おそるおそる目を開けると、同じ目線に真君がいた。 ぎょっとした私を見て、彼はまたいつものように笑った。



こんな間近で顔を見られると思ってもいなかった私はどうすればいいのか分からない。 視線をそらそうにも両頬を真君が押さえ込んでいて、 私はただ馬鹿みたいに真君を見つめることしかできずにいた。

「なんだか木叉に妬けてしまうよ」
「…………はい?」

怒られるんだと思っていた。 それなのに、何を言われても仕方がないと覚悟を決めた私に対し、 真君は信じられないことを告げた。

「なっ…、この状況でなんでそんなことを言うんですかっ」

思わず真っ赤な顔でそう告げると、

「んー。状況は間違ってないんじゃない?」

真君は笑って答えた。

「男女が見詰め合って告げるには、十分な言葉だろう?」
「み、見詰め合う?!」
「現に今、見詰め合っているだろう?」

言われてみれば確かに見詰め合っていると言える。 けれど、それは真君が私の頬をガッシリと固定しているせいで他に目を向けられないからだ。

「君に構って欲しくてこうして何度も会いに来てるのに、 この場にいない木叉のことばかり言うのだから妬けてしまうよ。どうしたら私は、君の中に入れるのだろうね」

真君は何も分かっていない。 こんなにも強烈な人間なんて、一度見れば容易く私の中に入ってしまうというのに。

「ね、玄奘。いい加減、相手してくれないといくら私でも傷つくと思うんだけどね」

そんな言葉はもっと余裕のない顔で言ってくれないと説得力がない。 いつも通りニコニコとよめない顔で言うものだから、私は悔しくてまた真君を無視するのだった。



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「用がなければ基本的に無視して下さい」の台詞から(笑)