三蔵法師がもっと嫌な奴だったら良かった。 そうすれば、こんな思いをせずに済んだのに……。




Θ 後戻りできない 1cm Θ




一時休戦を申し入れると、彼女はひどくあっさりとそれを受け入れた。 仲間に見つけてもらうまでは、余計な体力を使わないほうが賢明と判断したのだろう。 これからの策を考えているのかなにか小さく呟いていた彼女は、 思い出したようにガバッと顔を上げ取ると慌てて口を開いた。

「助けていただいてありがとうございました」
「え……?」

敵であるアタシに礼を言うなんて思ってもいなかったから、 予想外の行動に、目をパチクリとさせてしまった。

「あの。あなたのお怪我は大丈夫ですか?」

続けて心配そうに注がれた視線の先には、深手を負った肘。 まさかあんな高さの崖から落ちるなんて思ってもいなかったから、 思いっきり岩肌に叩きつけられてしまったのだ。

「あぁ、それなら平気。アタシはあんたより多少頑丈に出来てるから」

にっこりと笑ってやると彼女はホッとしたように息を吐いた。 本気で心配していたのだろう。敵であるアタシの言葉に、安心したように笑みを漏らした。

「さてと。お喋りはここまでにしてもう寝ましょうか」

彼女と会話しているとどうも調子が狂う。 だからさっさと寝てしまおうと彼女の隣に腰掛ける。 ただ単に温まるためにとった行動なのに、一瞬彼女は触れ合った肩にドキリとしたようだ。 覗き込んだ顔は微かに赤みを帯びていて、なんだか可笑しかった。 クスッと小さく笑うと彼女は慌てて自分の頬を両手で押さえて、それが可愛らしく思えてしまった。 だからだろうか。今だけは、優しくしてあげたいと思った。

「はい。半分こ」

肩にかけていた布をそっと彼女の方に回してやる。 彼女は驚いたように目を丸めた。

「いい…のですか?」
「何言ってるの。多少は温かいでしょ?」

ふふっと笑ってやると彼女は素直に笑って、

「はい。ありがとうございます」

と告げた。 それはアタシが今まで見てきた三蔵法師としての彼女の顔ではなくて、 玄奘という一人の少女の顔をしていた。 思わず自分の頬に手を当ててしまった。 触れなくても熱いだろうとは思っていたけれど、 そこは十分すぎるほどの熱を持っていた。 既に目を閉じてしまった彼女は気づいていないようで、それが少し残念であり、ホッとした。




緊張が解けたせいか、彼女は静かに寝息を立てていた。

「……まったく。少しは疑うってことをしなさいよ、アンタは」

顔にかかった髪を指でよけてやると、「んんっ…」と彼女が吐息を漏らした。 瞬間、体の中でドクンと何かが熱を持ったのを感じた。

「無防備な、アンタが悪い……」

演技していることも忘れ、素の自分の言葉が口から漏れた。 起こさないようにそっと体をずらし、唇を指でなぞる。

「オレの横でそんな顔してるから……」

そのままゆっくりと顔を近づけ瞼を閉じると、


「蘭花様ぁ〜〜〜!」


と言った緊張感のない声が洞窟の中に響いた。 金と銀がオレを見つけてしまったようだ。 三蔵法師の仲間に見つかるよりは、 自分の仲間に見つけてもらえた方が数倍も喜ぶべき状況のはずなのに、 なぜかひどく残念に思うオレがいて、

「重症だね、こりゃ」

と小さく呟いてしまった。



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このイベントが好きです^^ 暫く二人旅でも良かったのに!