『たすけて』
『たすけて』
その声はずっと頭の中で響いている。
初めのころは、一つ一つに答えていた。
それでも、人間の求める声は止まることはなかった。
『たすけて』
『たすけて』
一つ二つだけではない。何百、いや何千もの声が毎日毎日頭の中で叫んでいる。
それが何年も続けば、誰だって頭がおかしくなるだろう。
『たすけて』
『たす……』
『…………』
その声が急に遠のいた。
そして閉じていた瞼をゆっくりと開けると、想像通りの人物が目の前にいた。
「なに?」
顔を覗き込むような姿勢だった金蝉子にそう尋ねると、
「すみません、気分が悪いのかと……」
と彼女は返した。
普段あれだけ嫌な態度をとる僕なんかにも彼女は心配をする。
「まるで観音だ」
思わずそう漏らせば、彼女はぎょっとした顔をみせた。
僕が言ったのは慈悲深い菩薩みたいだと言ったつもりだったわけで、
そんなに嫌そうな顔をされるのは心外だ。
「そんなに嫌なの?」
「いえ、そう言う訳ではありませんが……ですが、私が観音に似ているというのは恐れ多いというか、私、そこまで性格腐ってないと思うんですけど……」
僕の言葉に金蝉子は否定の言葉を口にしながら、最後に十分失礼なことを口にした。
「お前ねぇ……」
呆れたように告げれば、
「観音は仙らしい仙ですから」
キッパリと言い切った彼女の言葉に納得した。彼女は仙らしくない仙だ。
天界と冥界の争いで荒れる地上を何とかしたいなんて、本気で思っているのだ。
「お前が観音だったら良かったのに、ね」
嫌味を込めてそう告げると、彼女はぎゅっと両手を握り締めた。
それは何も出来ない自分を責めているようだ。
金蝉子でも声は聞こえる。
けれど、それは僕が聞くほんのひとかけらだ。
「人に死ぬまでこき使われて、お前は偽善者ぶれて万々歳だろう?」
「…………ッ」
金蝉子は以前、声を聞きながら何もしない僕を責めた。
けれど、そんなものはこの声が聞こえないから言えるのだ。
「私なら……救います」
「目の前の声だけを、だろう?」
「それは……ッ」
世界中に救いを求める声はある。
そして、全ての声が聞こえるのは自分一人。
一人を救えば一人を救えず、結果それは平等ではない。
「お前に観音は無理だよ」
人間にいいように利用されて、あっさりと死ぬだろう。
だから、観音は僕でいい。
救いを求める声をただ平等に聞き流していればいいのだ。
僕の言葉に悔しそうに唇を噛んだ金蝉子は知らない。
顔を合わせるだけで僕をこの声から、救い続けていることを。
僕にとっての観音菩薩は、紛れもなく彼女なのだ。
そして世界は回る
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(観音を知らずに救い続ければいい)