「悟空も一杯、いかがですか?」
そう言って私は荷物の中から小瓶を取り出すと、悟空に向かって見せた。
「珍しいな。あんたが酒を飲むなんて」
「寝付けないのです。付き合って下さい」
苦笑しながら私はグラスに瓶の中身を注いで、片方を悟空に渡した。
彼はすんなりと受け取ると、一気に喉の奥へと流し込んだ。
Θ
甘い毒薬 Θ
「……なんとも、ありませんか?」
グラスを握り締めたまま、私は尋ねた。
「は?」
「薬を……盛ったのですけど」
それはいつだったか悟空に言われた言葉。
私は彼の言葉に簡単に騙されてしまった。
それが悔しくて、彼がすっかり忘れたであろう頃を見計らって、今度は私から仕掛けた。
「……へぇ? んで、何盛ったっつーんだ?」
悟空は楽しそうに笑うと、私の答えを待っている。
きっとそれは私にはそんなことなどできないと、見通しているようだ。
「ほ、……惚れ薬……です」
「は?」
「だから、惚れ薬を……」
自分で言いながらも無理があると思った。
私が悟空にそんなものを盛る意味なんてないし、
ましてや惚れ薬はもともと悟空が私を騙したときに使ったものだ。
どうせなら毒薬とか言ってしまえばよかったのだと後悔したけれどもう遅かった。
「へぇ。あんたが、俺に?」
「そ、そうです」
あの時私は本気で薬を盛られたと思って、ドキドキしてしまった。
本当に悟空がカッコ良く見えたのに、彼は私の言葉を笑ったのだ。
「確かに、あんたが少しだけ可愛く見えるな」
「……え?」
予想だにしなかった言葉に、ポカンと間の抜けた顔をしてしまった。
だって、悟空はこんなことをいう人ではないのだ。
「今まで気づかなかったが、あんたいい女だよ」
「……あ、の」
ゆっくりと悟空の手が伸びて、私の頬に触れた。
顔を上げれば熱を帯びた悟空の瞳にとらわれ、目がそらせなくなった。
彼の瞳の中には、不安げな顔の私が、真っ赤な顔でいた。
「目ぐらい、閉じろ」
「悟、空?」
言葉の意味は理解していたのに、驚きでますます私の目は開いてしまった。
だって、そのまま熱っぽい視線を私に送りながら、悟空が顔を近づけてきたからだ。
仕掛けたのは私だ。
子供のように前のことを根に持って、仕返ししてやろうとそんな簡単な理由で同じことをした。
悟空だって思い込みが激しいじゃない。
そう笑えばよかったのに、流せる空気ではない。
「玄奘……」
考えている間に悟空の顔はもう目の前で、ぎゅっと慌てて瞑ったものの、
想像していた感触はいっこうに訪れない。
そのかわり、両頬の痛みに目を開けると、ニタニタと笑う悟空がいた。
「この俺を騙すなんざ 100万年早ぇんだよ」
「気づいていたんですか」
私の言葉に悟空は盛大なため息をついた。
「惚れ薬は俺が言ったことだろ? まったく、お前は単純というかなんつーか……」
「すみ…ません」
母親に叱られた子供のように素直に謝罪を口にすると、
悟空はポツリと呟いた。
「大体、惚れ薬なんざ使わなくても俺は……」
「え?」
幻聴でなければ悟空は今、信じられないことを口にした。
けれど、驚いて顔を上げた私に、悟空はただただ笑うばかりで、その続きはいっこうに告げてくれない。
「ほれ、お前も飲んでさっさと寝ろ」
「あ…はい」
確認する間も与えられず、私たちは瓶の中のお酒を楽しんだ。
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仕返しにやったことがきっかけで、以降、悟空が気になる存在であればいい