前日は雨がひどかった。 おかげで一日長く村に滞在した私たちは、遅れを取り戻すよう朝から急ぎ足で歩いていた。

「玄奘様。足場がぬかるんでますので気をつけて下さい」

そう悟浄が注意を促してくれたまさにその瞬間、

「きゃっ…」

ズルリと足を滑らせ私は転んだ。





Θ どこまでも赤く、おちていく Θ





ベチャッと顔から泥の中に落ちるのを覚悟していた私は、 ふわりとやわらかいものに包まれていた。

「…………?」

ゆっくりと顔を上げるとそこにいたのは悟浄だった。 どうやら彼は私が足を滑らせたすぐに両腕を伸ばして抱きとめてくれたようだ。

「す…すみません」
「お怪我はありませんか?」

言って悟浄は心配そうに私を見つめる。

「はい。あなたがすぐに助けてくれましたので。本当に、ありがとう」
「俺は当然のことをしたまでです」

私の言葉に照れたのか少し居心地の悪そうな顔をしていた。

「おーい。姫さーん? どったのー?」

立ち止まった私たちに気づいて、少し離れた場所から八戒が声をかける。

「急ぎましょう」

悟浄にそう告げて身体を離そうとした瞬間、私はふわりと浮かんだ。

「ご、悟浄?!」

彼が何食わぬ顔で私を抱き上げていたのだ。 前方にいる八戒も、ギョッとした顔でこちらにかけてくる。

「まだこの辺りはぬかるんでいます。足場が良くなるまで、俺が運びます」

そう言って悟浄は歩くのだけれど、私は恥ずかしくて顔が真っ赤になっていた。



「ご、悟浄〜〜〜ッ」
「なんですか?」

私が真っ赤な理由が分からない悟浄は、真顔で首を傾げる。 その隣で、理由が分かる八戒はニヤニヤと私を笑う。

「重いですからおろして下さい」
「いえ。俺は力持ちですから、大丈夫です」

私がどんなに懇願しても、悟浄はおろしてくれない。 けれど、大丈夫だというその理由に、少しだけ傷つく。 私の表情が曇ったことに気づいた八戒は、ひじで悟浄を突きながら口を開いた。

「わかってないなぁ、お前は」
「何がだ?」

八戒の言葉に悟浄はポカンと彼を見つめる。

「お前のその言い方じゃ、姫さんが重いって言ってるようなもんだぜ〜」
「なっ……」

思わず固まった悟浄は、居心地の悪そうに小さくなっている私に「申し訳ありません」と謝罪した。

「玄奘様が重いだなんてそんなことは断じてありません」
「いいのですよ。私は気にしてませんから……」

だからそろそろ下ろして欲しいと続けようと口を開くと、 悟浄は「それでは俺の気がすみません」と力強く答える。

「玄奘様が羽のように軽いと証明するためにも、天竺までこのまま抱き上げて行きます」
「え?」
「玄奘様は本当に軽いですから」

悟浄が私を重くないと言ってくれるのは嬉しいけれど、 キラキラとした瞳で熱弁されると、いたたまれない気持ちになってくる。 しかも八戒がニヤニヤと私たちを見つめるものだから、顔から火が出そうだ。

「いえ、本当に……」
「心配要りません」

下ろしてと告げる前ににっこりと言われてしまう。 その笑顔も私を赤くさせるのに十分で、

「わ、私の心臓がこれ以上持たないのです」

ぎゅっと悟浄の腕を掴んでなんとかその一言を搾り出すと、 ようやく彼の足は止まってくれたけれど、 言葉の真意を確かめるように彼がマジマジと私の顔を見つめるものだから、 私の顔は更に赤く染まるのだった。


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終らなくなりそうだったので無理やり終了。悟浄は自分を意識して赤くなる玄奘に至福を噛みしめているといい(笑)