「お師匠様、いい匂いがする」
いつものように私の隣を歩く玉龍が、
ふいにそんなことを漏らしたことからはじまった。
Θ
恋の香 Θ
以前、泉で綺麗な女の人に出会い、香水の香りがうつってしまったことはあった。
けれどその人にはあれ以来、会っていない。
それにここ数日はずっと野宿でお風呂にも入れていないから、
お世辞にもいい匂いとは言えないはずだ。
「えと、それは本当に私の匂いですか?」
信じられずにそう聞き返した私に、玉龍は「うん」と頷いた。
「ずっと嗅いでいたい」
「それは嬉しいですが、ここ数日野宿でしたし」
クンクンと自分で髪の匂いやら嗅いでみたものの、
いい匂いというものはさっぱり分からなかった。
「なんていうか、引き寄せられる」
そう言って玉龍は暫く考えた後、
「フェロモン?」
と口にした。
まさか私からそんなものが出てるなんて思ってもいなかったので、
思わずブッと吹き出してしまった。
だってそういうのはあの時会った女の人が振りまく様なもので、
埃まみれの私から漂うものではないからだ。
「出てませんよ、そんなもの」
自分に不相応な単語を口にされ、恥ずかしさに赤くなってしまった。
八戒が聞いていたら、きっとゲラゲラと笑っていたに違いない。
「……でも、僕はお師匠様の匂いに、引き寄せられてる」
「はい?」
まるで悟浄のキラキラと輝く瞳のような目で玉龍が私を見つめるから、
無性にいたたまれなくなってしまった。
そんな私にお構いなしに、
「あ。そうか」
玉龍は一人納得した。
「今度はなんですか?」
もう何を言われても驚かない自信のあった私は、ため息交じりに尋ねた。
すると、
「僕にとってお師匠様は特別だから。だからお師匠様の匂いが好き、なんだと思う」
なんて口にした。
「わかったら、少しスッキリ」
晴々とした玉龍とは対称的に、私は混乱の渦に放り込まれてしまい、
ご機嫌な玉龍を眺めながらため息をつくのだった。
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玉龍は思ったことを告げてそう。告白したことにも気づいてないといい