Θ 優しさを降り注ぐ Θ



久しぶりに江戸にもどってきた私は、家の様子を見に行こうと思い立った。 もしかしたら父様が戻ってきているかもしれないし、家になら羅刹の資料もあるかもしれない。 人を切ることもできない、ただ鬼を呼ぶだけの私が新選組の役に立てるかもしれないと思ったのだ。 けれどそのことを言えばきっと土方さんは私に護衛をつけるだろう。 それでは新選組の迷惑になってしまう。 江戸なら京の町より歩きなれているし、家に帰るぐらいだから時間もかからないだろう。 そう考えた私は私はこっそりと屯所を出たのだけれど、

「どこへ行く」

すぐに斎藤さんに見つかってしまった。





事情を話すと斎藤さんは予想外にも同行してくれた。

「ちょうど俺も用事があるだけだ」

と言っていたけれど、黙って隣を歩いてくれるのが嬉しかった。 京と違って江戸の町なら私も案内ができるから、 「ここのお団子は美味しいんですよ」とか、 「ここのタイ焼きは餡子がぎっしですよ」とか、 他愛もないことを話した。 斎藤さんはただ黙って聞いていたけれどポツリと、

「おまえは花より団子だな」

と言われてしまった。 少し恥ずかしかったけれど、斎藤さんが微かに笑ってくれたから、 まぁいいかと思ってしまう。



「すぐ済むと思いますけど中で待ちますか?」

家の前で斎藤さんに尋ねると、

「いや、外で待つ」

と返事が返ってきたので私は一人家の中へと入る。 薄く積もった埃は、長い間人が訪れなかったことを表わしていた。 もしかしたら父様が戻っているんじゃという淡い期待はあっという間に砕かれてしまった。 けれど落ち込んでばかりもいられない。 羅刹に関する資料があればきっと新選組の役に立つはずだ。

「これと、これと……よくわかんないけどこれも必要かな」

資料を適当に見繕って玄関を出ると、すっかりと日は傾いていた。 すぐ済むといった手前申し訳なく思いながらも斎藤さんに声をかけると、 彼はただ静かに、

「では、帰るぞ」

と言った。

「え? 斎藤さんの用事に付き合いますよ? …といっても結構時間が経っちゃいましたけど」
「…………二度は言わん。行くぞ」

斎藤さんはしばらく沈黙しのち、来た時と同じように歩きだした。 私を待っている間に用事を済ます時間がなくなってしまったのかと申し訳なくなり、 私は斎藤さんの後ろを俯きながら歩いた。



屯所に戻り、私は改めてお礼を口にする。

「今日は本当のありがとうございました」
「別に。俺はただ、自分の用事を済ませただけだ」

当然のことをしただけだと淡々と告げる斎藤さんだけれど、 私のせいで斎藤さんの用事はまだ済んでいない。 やっぱりこのまま別れるのは申し訳なくて、

「あの。斎藤さんの用事、私がお手伝いしたら迷惑ですか?」

と尋ねる。 私に出来ることなんて何もないかもしれないけれど、それでも言いたかったのだ。

「迷惑ではない。だが用事はもう済んだ」
「へ? でも今日一日私の付き合ってもらったので斎藤さんの用事は片付かなかったんですよね?」

彼はずっと私の家の前にいたはずだ。 もしかしたらなかなか出てこない私を置いて用事を済ませてしまったのだろうか?  でも斎藤さんのことだから、離れるなら一言声をかけてくれるような気がする。 斎藤さんの言葉の意味が判らず、うんうんと唸っていると

「副長命令でおまえの護衛をしていた」

と斎藤さんは答えた。 なるほど、と納得して別れようとしたところへドタバタと平助君が走ってきた。

「あー、一君こんなところにいた」
「どうかしたか?」

ゆっくりと、私から平助君へと視線を移す。

「どうかしたかじゃないよ。今日はオレに稽古つけてくれる約束だろう?」
「そうか。それは悪いことをした」

静かに答える斎藤さんに平助君は「はぁ」と溜息をついた。

「土方さんも探してたみたいだから顔出した方がいいと思うよ」
「……わかった」

斎藤さんの返事を聞いて、平助君は再びドタバタと帰っていく。 残された私は、斎藤さんの顔を見上げて思わず口を開く。

「あの。……土方さんが探してたって……」
「そのようだな」
「だって、斎藤さんが今日ついてきてくれたのって、任務なんじゃ……」

私の言葉にたっぷりと沈黙をした後、斎藤さんはポンと私の肩に手を置いた。

「あまり詮索はするな」

言ってそのまま立ち去る斎藤さんを振り返るが、 彼はもうスタスタと歩き出していたため声はかけられなかった。 けれど、一瞬だけ赤く染まって見えた耳が全てを物語っていたような気がした。



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斎藤さんはいつだって千鶴ちゃんを心配してるといい。