Θ 繋いだ温度 Θ
外出は幹部が巡察の時にしろ。
というのが土方さんの出した条件で、私は迷惑と知りながらも同行させてもらっていた。
原田さんや永倉さんは意外にもよく話をしてくれて、
平助君とは気兼ねなく話ながら歩いて、
沖田さんは意地悪なことも言うけれどちゃんと私が疲れていないか気遣ってくれるから、
町へ出るのはそれなりに楽しかった。
ただ、三番組に同行するときだけは半減してしまう。
スタスタと前を歩くのは三番組組長の斎藤さん。
普段から必要なことしか口を開かない彼は、町へ出てもそれは変わらない。
途中までは他の隊士さんもいたから気まずさはなかったものの、
今は別れて行動しているので私と斎藤さんの二人きり。
沈黙が嫌ではなかったけれど、彼と並ぶとまるで私の存在は空気だとでもいうようで居た堪れない。
冷たい風に身を震わせても、彼は振り向きもしない。
原田さんだったら、優しく手を繋いでくれた。
永倉さんだったら「大丈夫か?」と気にかけてくれた。
平助君は「うわ、さっびー」と一緒になって震えて。
沖田さんは「ちょっと温まってこうよ」なんて私を茶屋に連れ込んだ。
別に構って欲しいわけではない。
私は新選組の隊士でもないから、難しい話をされても分からないことが多い。
だけど、空気のように扱われるのは嫌だった。
なにか話しかけてみようにも、斎藤さんの鋭い視線が怖くて、口を噤んでしまう。
「……早く歩け」
「あっ……」
考え事に熱中して、気付けば斎藤さんと距離が開いてしまった。
私は京の町に詳しくないし、何かあったときに身を守る術がない。
だからこそ幹部の人と同行する形で外出許可をもらったのに、これでは意味がない。
斎藤さんも土方さんの命令だから渋々従っているのだろう。
これ以上迷惑をかけてはならない。
「す…、すみませんっ」
慌てて彼のもとに向おうと駆け出したところで、自分の足に躓いてしまった。
均衡を保とうと両手を広げてみたところでもう体は傾きだしていて、
「わっ、わわっ」と情けない声を上げながら私は顔面から地面に叩きつけられた。
「(もうやだ……。泣きたい……)」
自分自身が情けなさ過ぎて、目頭が熱くなった。
泣いたらそれこそ迷惑だというのに、止められない。
ポタポタと落ちた雫が地面の色を濃くしていた。
「……はぁ」
諦めに近い溜息が聞こえて、慌てて涙を拭った。
斎藤さんは私を空気のように思っているぐらいだから好いているとは思えない。
ただこれ以上嫌われるのは嫌だったからなんとか泣き止む。
「…何をしているんだ、お前は」
そう言って、斎藤さんは手を伸ばすと私の腕を掴んで立たせてくれた。
「す、すみません」
何度も何度も頭を下げると、彼は歩き出した。
ただ掴んだままの腕がそのままで、私は困惑した。
「さ、斎藤さん?!」
「なんだ」
「あ…の……、その…、腕……掴まれたままなんですけど」
「歩きにくいのか?」
何を勘違いしたのか、斎藤さんはそう答えると腕から手を離してそのまま私の手を引いて歩き出した。
「さ、ささ、斎藤さんっ」
「今度はどうした」
シレッと答える斎藤さん。
これは一体どういう状況なんだろうと、私の頭は必死に答えを求めたけれどなにも浮かばなかった。
「あの……。斎藤さんって私のこと嫌い…ですよね」
嫌いな人間の手を引いているんだと自覚して欲しくてそう告げたのに、
彼は首を傾げて「誰がそう言った?」と尋ねる。
「だ、だって斎藤さん、私と一緒のときいつも無言だし。溜息つくし……それに……」
嫌いでないのならあの行動はなんだったというのか。
他の人との違いをあれこれ口にすると、斎藤さんは口を開く。
「俺は口数が多くない。お前が怖がらないよう、何も言わなかっただけだ」
「…………ぎゃ、逆に怖かったですよ……」
嫌われていないと分かったらなんだか安心してしまって思わず本音を漏らした。
そんな私を斎藤さんは小さく笑う。
そういえば、言葉はなかったけれど時折こんな表情もしていたことを思い出した。
怖がってばかりで斎藤さんが見えていなかったのは私のほうだ。
「あ。でも、この手の意味は結局分からないままなんですけど……」
まだ繋がれたままの手を持ち上げて尋ねると、斎藤さんは何事もなかったかのように歩き出した。
「え? さ、斎藤さん?」
私はただただ困惑していたけれど、
先ほどまでと違って斎藤さんの歩みがゆっくりになったことに気付いた。
もしかしたら私を気遣ってくれたのかもしれないと思ったら何だか嬉しくて、
周りの注目を集める結果になると分かっていたけれど、私は笑みを堪えることが出来なかった。
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