Θ 月光歌 Θ
なんとなく寝付けなくて部屋からぼんやりと中庭を眺める。
冷たい夜の空気を感じていると視界のすみに何かをとらえた。
「……誰かいるのかな」
もしそうなら少し話し相手になってもらおうと、私は手ぐしで髪を整えると中庭へと向かった。
そこにいたのは沖田さんだった。
生垣に腰を下ろして、沖田さんはただ静かに月を見上げていた。
「こんばんは、沖田さん」
「……君か」
ちらりと一度だけ視線を向け、沖田さんは再び空を見上げた。
いつもと違う様子に少しだけ戸惑いながらもおずおずと声をかける。
「……隣、いいですか?」
私の言葉に沖田さんは
「なんなら僕の膝の上に乗る?」なんて冗談を返した。
もちろん私は丁重にご遠慮して沖田さんの隣に腰を下ろす。
「好きなんですか?」
私が座るのを確認すると再び月を見上げしまった沖田さんに尋ねる。
「それはこの場所のこと? それも月のこと?」
「あ、はい。できたら両方……お願いします」
そう言うと沖田さんはにっこりと笑って答える。
「ここは僕の特等席なんだよ。昼なんて日中ぼっこができるからね」
そういえば以前、巡察に行ったはずの沖田さんが中庭で寝ていたことがあった。
ちょうどそこは日の光が当たって、暖かい場所だ。
「月はなんか綺麗でいいよね。それに僕、思ったんだけど君は月みたいだなって思うんだよね」
「私が月、ですか?」
「そ。形を変える様は表情をコロコロ変える君とそっくりだし……」
言って沖田さんは私を見てにんまりと笑う。
「だから好きだよ」
その言葉に思わず心臓が跳ね上がる。
けれど沖田さんはにんまり顔のまま、「月が」と強調した。
それはまるで私の反応を見て楽しんでいるようで、
いつもと違うように見えたのは気のせいだ。
ここにいるのはいつもどおり意地悪な沖田さん。
「そ、そうですよ。月の話ですもん」
私は慌ててそう口にしたものの、ひどく落ち込んでいるのを自覚した。
「好きだよ」という言葉にすっかりその気になってしまったのだ。
勘違いも甚だしい。
火照ってしまった顔を覚ますようにパタパタと手で顔を仰いでいると、
「あと千鶴ちゃんのこともね」
と沖田さんは続けた。
その言葉に私は仰いでいた手をピタリと止めてしまった。
きっと視線を隣に向ければ沖田さんは笑みを浮かべて私を見つめていることだろう。
そんな沖田さんを見る勇気がまだない私は、
さっきの言葉でますます赤くなってしまった顔が早く戻ることだけを考えていたのに、
「今日も綺麗だね」
なんて言いながら沖田さんが私の髪に触れるから、
私はその言葉が月への言葉なのか私への言葉なのか判断できず、
ただただ身を固くするのだった。
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