「千鶴ちゃん、話があるんだ」

彼女の部屋の前でそう口にすると、「は、はいっ」といつものように千鶴ちゃんの声がした。 それからすぐにバタバタと駆け寄る気配がして、襖が開く。

「そんな急ぎでもねーぞ?」

と笑うと、

「お待たせするわけにいきませんし」

と千鶴ちゃんも笑う。 こんないい子が、俺の心配をしてくれた。それだけで満足しようと思った。





Θ 涙の種、笑顔の花  参 Θ





部屋の中に入ると、何から話せばいいのかわからなくなってしまった。 千鶴ちゃんに左之の気持ちを伝えよう。 そう思ってきたはずなのに、それを告げてしまったら、 早々に部屋を立ち去らなければならないと気づいてなかなか告げられずにいた。 すすめられた座布団に胡坐をかいて視線をさまよわせてみたものの、 何も話さないわけにもいかず、覚悟を決めて口を開いた。

「さ、左之から聞いたんだけど…な」
「は、はいっ」

左之の名前に千鶴ちゃんがビクリと反応をしたような気がしたけれど、構わず続ける。

「ずいぶん心配かけちまったみたいだなって……」

そう口にしてから、そう言えばこの間話をしたときも、まったく同じことを告げたなぁと思い出した。 千鶴ちゃんはあの時、緊張したように「はい」と口にするだけだった。 いつもだったらもっと会話が弾んだ気がしたのに、なぜかあの日は息苦しいと感じたのだ。

「は、はい……」

あの時と同じように、緊張したように口を開く千鶴ちゃん。 確か俺が寝込む前は普通に会話できたはずなのに、知らない間に彼女に何かしてしまったのだろうか。 そう思って確かめようとしたのだけれど、長い沈黙の後に彼女は口を開いた。

「でも、私が好きで……心配しただけですから」

その言葉に、俺まで緊張してきてしまった。 だって千鶴ちゃんがそんなことを真っ赤な顔で言ってくれるから、 俺の心臓が変な期待をしてドクドクと速度を上げている。

「……そっか。ありがとな」

これ以上会話をしていたら、きっと言えなくなってしまうから、諦めたように小さく笑って、俺は口を開く。





「なぁ、千鶴ちゃん」
「はい?」
「左之のこと……どう思う?」
「え?」

驚いたように彼女が俺を見つめる。俺はただヘラヘラと笑って言葉を続ける。

「正直に聞かせて欲しいんだ。好きか嫌いかっつったら好きだろ?」
「…………はい。原田さんはとても優しいですし……」
「……そっか」

自分で聞いて少しへこんだ。 二択問題で「嫌いだ」と答えるのは捻くれものの総司ぐらいで、 千鶴ちゃんなら「好き」と答えるのを知りながらも、心のどこかで否定して欲しかったのだ。
左之のために一肌脱ぐと言っておきながら、本心は左之が自分で想いを告げる機会を奪っただけなのかもしれない。

「あいつはな、俺から見てもいいやつなんだ」

ポツポツと左之のことを話す。どこがどんなふうにいいのか。 自分にはない左之の良さはいっぱいあって、口にするたび自分がいかに駄目な男か自覚した。

「だからつまり……、左之は千鶴ちゃんのことが好きみたいなんだ」

告げると彼女は再び俺を見つめた。けれど、すぐにその顔はクシャッと歪んで俯かれた。

「千鶴……ちゃん?」

不安になって声をかけると、彼女は俯いたままポツリと口にした。

「永倉さんが……言うんですね」
「……悪ぃ。やっぱそういう大事なことは本人の口から聞きてーよな」

左之だけでなく千鶴ちゃんにも悪いことをしてしまった。 そのことに気づいて謝罪の言葉を口にしようとした俺に、千鶴ちゃんは顔を上げると口を開いた。

「永倉さんが、私に……。永倉さんのことが好きで好きでたまらない私に……、そんなこというんですね」
「…………え?」

自分でも間の抜けた顔をしていると思う。 でも、頭の中が混乱して、どんな顔をしたらいいのかなんて分からなくなっていた。





「だ、だって千鶴ちゃん、左之のことが好きだって……」
「一度でも、私が自分の口でそう言いましたか?」

千鶴ちゃんは一言も言っていない。 ただ俺が、自分が傷つくのを恐れて、卑怯な質問をして左之と千鶴ちゃんをくっつけちまおうと思っただけだ。

「私は原田さんじゃなくて、永倉さんをお慕いしているんです」

まっすぐに俺を見る彼女の目は今にも涙を零しそうで、それでも、彼女は俺を見つめる。

「迷惑だって言うんなら、……諦めます」
「め、迷惑じゃねぇよ」

諦めると言われて、慌てて言葉を挟んだ。 両想いだってわかって、「ひゃっほぅ」と小躍りしたいほどだというのに、どうして諦めてもらわないとならないのだ。

「迷惑じゃ……ないんですか?」

彼女の目に戸惑いの色が浮かんだ。

「なんで迷惑になるんだよ」

さっきの千鶴ちゃんを真似するようにそう口にすると、

「だって……、原田さんをすすめてくるから……」

と彼女は小さく呟いた。 そういえば自分が驚くのに気を取られて、肝心なことを千鶴ちゃんに告げていなかったことを思い出した。

「……なぁ、千鶴ちゃん」

千鶴ちゃんに一歩近づいて、そっと頬に触れてみる。

「俺は馬鹿だからきっとまた勘違いして千鶴ちゃんを泣かせることがあるかもしんねーけど、でもな、この気持ちだけは本物なんだ」

反対の手も伸ばして両手で千鶴ちゃんの顔を挟むと、ぐいと顔を近づけ千鶴ちゃんをまっすぐに見つめて告げた。

「俺は千鶴ちゃんが好きだ」

途端に彼女の顔は真っ赤になって、俺は「ぶはっ」と笑ってしまった。
そういえば、彼女のこんな色を何度も目にしたことがあった。 前は全然気づかなかったけど、あの頃から千鶴ちゃんが想っててくれたんだと思ったら嬉しくて、 俺は一人でニヤニヤしてしまう。

「な、何がそんなにおかしいんですか」

俺の前で真っ赤な顔で千鶴ちゃんは口を開く。 自分が笑われていると思っている彼女は、ますます顔を絡める。

「もう、永倉さんの馬鹿ッ」
「悪ぃわる……ッ!」

謝罪の言葉を告げようとした瞬間、目の前に会った彼女の顔が近づいてきた。 驚いた時にはもう遅く、さらに顔を赤らめ恥ずかしそうに視線をそらす彼女がいた。

「ち、千鶴ちゃん。今…の……」
「は、恥ずかしいから何も言わないで下さいッ」

そうは言っても千鶴ちゃんがこんなことしてくれるなんて思っていなかった俺の頭の中は大混乱で、

「よ、よくわかんなかったから、もっかいしねーか?」

なんて口にしていた。 その言葉に千鶴ちゃんはどこまで赤くなれるんだと単純に思ってしまうほど顔を赤らめたものの、

「こ、今度は永倉さんから……、その、してくれますか?」

なんて可愛いことを言ってくるもんだから、

「おぅ、一回だけじゃなくて何度だってしてやんぜ」

と両手で彼女を抱きしめるのだった。




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コピー本で発行したお話です。