総司のいうことは一理あった。 千鶴は意識しすぎて自分から気持ちを告げるなんて芸当はできそうにねーし、 新八に至ってはてんで千鶴の気持ちに気づいていない。 本人だって少しは好意があるはずなのに、自分の気持ちにすら気づいていないように思う。
それならば、千鶴が実は人気があるとそれとなく伝えれば、意識するかもしれない。 俺が千鶴を気にしているといえば、危機感を持つかもしれない。 そう考え、俺は稽古の後に新八を中庭へと誘った。





Θ 涙の種、笑顔の花  弐 Θ





「ひっさしぶりに体を動かした気がすんぜー」
「おまえなぁ。ちゃんと汗ふかねーとまた風邪ひいてぶっ倒れんぞ」

呆れたように横で口にすると、

「んなことになっても、左之には迷惑かけてねーだろ」

と笑う。確かにこいつが倒れたところで俺には何の迷惑もかからないのだけれど、 こいつが倒れたとあったら、きっとまた千鶴は悲しむだろう。

「俺じゃねーよ。千鶴だよ」
「あ? 千鶴ちゃんがどーかしたのか?」

やっぱり、新八の中で千鶴は特別なのだろう。あいつの名を口にしただけで、顔つきが変わった。

「どーかしたって……、お前が寝込んでからずっと元気なかったんだぞ」
「……そっか」
「何言っても上の空でよ」
「…………」

視線を落とした新八の姿を見ながら、言うなら今しかないと思った。 この状況なら、きっとこいつは自分の気持ちに気づくはずだ。

「そんなあいつを見るのは、嫌なんだ。あいつにはいつも、笑ってて欲しい」
「左之……」

顔を上げた新八は、どこか吹っ切れたような顔をした。

「よし、わかった」

キッパリと告げた言葉に「そうか。伝わったか」と安心して口を開いた。 けれど、やっとこの馬鹿も自覚をしたんだと思った俺に、新八はとんでもないことを口にした。

「そんなに千鶴ちゃんのことが好きなら、俺が一肌脱いでやるよ」
「……は?」

この馬鹿は何を言っているんだ?

「はは。自覚がねーのか?」

自覚がないのはテメーのほうだろう。

「千鶴ちゃんの元気のない顔を見たくないのも、いつも笑ってて欲しいのも、好きなんだろ?」

一人納得しながらそう口にすると、

「ちょっくら千鶴ちゃんのとこに行ってくんぜ」

そう言ってドタバタと屯所の中に消えた。





「ちょっ……新八、待てったら、おい……。話がこんがらがっちまったぞ」

作戦通りにことが進まず、頭を抱えてしゃがみ込むと、

「しくじっちゃったね、左之さん」

と屋根の上から総司が顔を覗かせた。

「おわっ、総司、てめーどこにいんだよ。っつーか、いつから……」
「最初っからだよ?」

シレッと答えて屋根から下りると、総司はニタニタと意地の悪い笑みを見せる。

「なんだか楽しくなってきたね」
「……っ、てめーまさか千鶴を応援するっていいつつ、こうなるってわかってたのか?」

その笑みが気になってそう口にすると、「正解」と言ってこいつはますます笑った。

「だって、新八さんの性格なら、もし自分の好きな子を左之さんも気にしてるってわかったら譲るじゃない」
「は?」
「だって、自分は筋肉しかとりえはないけど、左之さんはそうじゃないって思ってるみたいだし……」
「……それを早く言えよ!」

掴みかかろうとした手をスルリと避けて、総司は笑う。

「そしたらつまらないじゃない。でも、左之さんと千鶴ちゃんがくっついても、それはそれでいいんじゃない?」
「…………どういう意味だよ」

俺の言葉に総司は「別に」と笑う。

「ま、人の恋路なんてもの、横から口出したら馬に蹴られると思うけど」
「お前が言うのかよ」
「とにかく、千鶴ちゃん次第なんじゃない?」

そう言われて、俺は新八がかけていった方角をただ見つめていた。




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