風邪で一日休ませてもらった私は、おかげで翌日には動けるようになった。
みんなに甘えてしまった分、働いてしっかりと返したかったのに、
朝ご飯を食べているときも、後片付けをしているときも、
永倉さんの視線が痛いほど注がれて、風邪も治ったというのに私の顔は真っ赤だった。
Θ 幸せの色 Θ
中庭の掃除をしている間も、彼は縁側に腰掛けて私を見つめている。
我慢できずに意を決して
「永倉…さん?」
と声をかけると、
「お、なんだ? 千鶴ちゃん」
彼はすぐに私の元に駆け寄ってニカッと笑うのだけれど、目は変わらずに私を見つめ続けている。
彼の目が真っ直ぐに私を見つめるものだから、私の頬は先ほどからずっと赤のまま。
しかもその距離がぐっと縮まって、息苦しくてたまらない。
「その…、そんなに見られると働きづらいんです…けど」
「おぉ、気にすんな」
もごもごと口を開いた私に、彼はあっさりと言った。
気にするなと言われても、永倉さんに見られると私の動きはぎこちなくなってしまうので正直困るのだ。
「何かお話があるんですか?」
「いや」
「でしたらお仕事ですか?」
「いや」
私の言葉に次々と首を振る。一体彼は何がしたいのだろう。
さっぱりわからなかったけれど、きちんと聞かないことには今日一日仕事ができないと思った。
「理由を仰ってください。その、訳もなく見つめられると困ってしまいます」
「やっぱ分かんねーな……」
と呟きながら、口を開いた。
「いやな。昨日、左之も土方さんも、千鶴ちゃんの顔見てすぐに風邪だってわかっただろ?」
「すごく赤かったみたいですね、お恥ずかしいです」
俯いた私に、永倉さんは「うーん」と唸りながら、
「俺にはそれが全然わかんなくてな。だから今日一日じっくりと千鶴ちゃん観察しようと思って」
と告げた。
「えぇ?!」
「おわっ、どーした? 大声なんか上げて」
永倉さんのせいだというのに彼はのんきにそんなことを言って笑った。
それから彼は宣言どおり私を見つめている。
真剣な顔でずっと私の顔を見るものだから、恥ずかしさのあまり目が潤んできてしまった。
泣いたらきっと永倉さんは勘違いしてしまうから、
「そんなに、見ないで……下さい」
我慢できなくて思わず彼の腕を掴んで俯いた。
「千鶴…ちゃん?」
訳も話さずこんなことをすれば、永倉さんが余計困るって分かっているのに、
「永倉さんに見られると……苦しいんです」
「!!」
説明しないと勘違いさせてしまうって分かっていたのに、言葉が勝手にこぼれた。
「そか、すまねぇ……」
私の手に永倉さんの手が触れて、そっと自分の腕を抜き取る。私は慌ててその腕に両手を伸ばす。
「俺が嫌い……なんじゃねーのか?」
私は必死に頭を振る。永倉さんが嫌いなんてこと、あるわけがない。
原田さんや土方さんが気づいて永倉さんが気づかないのは、私の真っ赤な顔を彼が見慣れているからなのだ。
「逆……です」
「逆ってーと好きってことか。なーんだ、千鶴ちゃんは俺が好き……って、えぇ!?」
頭の上で永倉さんの驚きが聞こえる。
それがなんだかおかしくて、ふふっと肩を振るわせ笑いながら私は顔を上げた。
「永倉さんには私、真っ赤な顔しか見せたことないですから。だから、永倉さんは私が風邪を引いても気づかないんです」
そう言って笑った顔はきっと耳まで真っ赤だと思った。それでも、私は言葉を続けた。
「永倉さんに見つめられると、恥ずかしくて呼吸もうまく出来なくなってしまうんです。だから……」
あまり見ないで下さい、と続く言葉はガバッと力強く抱きしめられたことに驚いて声に出せなかった。
「なん…だよ。俺だけ千鶴ちゃんの変化に気づけないのが悔しかったってのに」
「永倉…さん?」
こんなことをされたら、私は期待してしまうのに。
それなのに、永倉さんは腕の力を緩めようとはしない。
「これからは千鶴ちゃんがいつ風邪ひいても分かるように、ますます見つめてやんねーとな」
「それって……」
確信が持てない私は、期待するように永倉さんを見上げる。
そこには私が見たこともないぐらい真っ赤な顔をした永倉さんがいた。
「俺も千鶴ちゃんが好きってことだ。ちくしょー恥ずかしいから見んな!」
今まで散々私を見つめていたくせに、自分が赤くなるとそんなことを言う永倉さん。
おかしくて腕の中でクスクス笑うと、「ちくしょー」とまた言葉が降ってきたけれど、
「ま。二人の幸せの色って思えば悪くもねーか」
そう言ってまた永倉さんがニカッと笑うから、私も「はい」と答えるのだった。
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