あの日交わした指切りだけが支えだった。
永倉さんは私を「妹分」だと言ってくれたけど、
ふとした瞬間に自分が鬼だということを思い出してしまう。
子供の頃に夢見たささやかな幸せすら、私には叶えられない。
Θ ゆびきり Θ
「……うっ」
布団に顔を押しつけ、一人泣くのは日課になっていた。
ここのところ幹部の人たちは忙しそうだから、私が部屋に閉じこもっても気づかない。
朝にはちゃんとした顔を見せられるように、夜のうちに泣いていたのだ。
そんな私の部屋のふすまが、スパンと勢いよく開く。
こんなふうに声もかけずに部屋に入る人物はひとりしか思い浮かばない。
慌てて顔を拭っていると、
「千鶴ちゃん……」
と声をかけられた。
その優しい声が、せっかく耐えていた私の涙腺を緩めるものだから、今は少しだけ、憎い。
「なんかあったか?」
この人はいつだって私の心配をしてくれる。
それはあの約束があるからだろうか。自分だけは私の味方だと、指切りしてくれたからなのだろうか。
「話してみろって。俺が聞いててやるから。なっ」
私の背中で、そう呼びかけてくれる。
「わた…し、鬼なんです」
思い切って口にしたけれど、永倉さんにとっては「何を今さら」と言った内容なのだろう。
暫く沈黙したあと、「あぁ」と相槌が返ってきた。
「だから、きっと幸せにはなれないんです」
私が思い描いた幸せは、好きな人と家庭を持つことだった。
けれど、鬼である私を受け入れてくれる人などいないだろう。
そう思ったら私は何のためにここにいるのか分からなくなってしまった。
新選組にとってお荷物でしかない自分は、どうしてここにいるのだろう。
「風間ってやつがそういったのか?」
その言葉に私は頭を振った。
「でも、傷だってすぐに直るんですよ? 私はバケモノです」
そんなバケモノの私がここにいる理由は、永倉さんが守ってくれると約束してくれたからだ。
でも、そんな彼にまでバケモノだと思われているんじゃないかだとか、いろんなことが頭に浮かんだら、
わがままばかり言ってないで、さっさと離れたほうがいいんじゃないかって思ってしまう。
「バケモノ……なんです」
何度も何度もそう口にしていると、永倉さんは私の正面に回りペチンと私の頬を軽く叩いた。
「馬鹿なこと言うんじゃねーよ」
真剣に怒ってくれるその優しさに、耐えていた涙がこぼれた。
永倉さんを前にすると、どうしてもただの女の子になってしまう。
きっとそれが答えなのだ。私がここにいたい理由。
それはただ、この人の傍にいたいだけ。
告げられない言葉の代わりに、ポロポロと涙があふれた。
「ったく、俺の妹分は仕方ねえな」
そう告げられた言葉に別の意味で涙が出そうになったけれど、
続けてぎゅっと抱きしめられたものだから、妹分としてなら傍にいてもいいのかもしれないと思った。
「俺は左之と違って手ぬぐいなんか持っちゃいねーからな」
そう言って私の頭を自分の胸に押しつけるものだから、私は遠慮なく抱きついた。
永倉さんが兄貴分として接してくれるなら、私はとことん甘えようと思ったのだ。
それなのに、
「ま。涙が止まっても離さねーけどな」
続けられた言葉に、驚いて涙なんて止まっていた。
それでもやっぱり永倉さんは離してくれないから、私でも幸せになれるんじゃないかと思ってしまった。
» end