Θ 笑顔の約束 (※学パロです) Θ
「スッ、スマイルください!!」
そんな言葉がレジの方から聞こえ、思わずポカンと振り返った。
そこには女子高生たちがいて、そのうちの一人が耳まで真っ赤にしてそう告げていた。
言われたほうの相手……原田先輩は一瞬だけ驚いたように目を丸めたけれど、
すぐに蕩けるような笑みを見せた。
思わずあの子達と一緒になって見惚れてしまったけれど、私は店内の掃除を続けた。
その日は面白くないことに、原田先輩のレジに列が絶えることはなかった。
「悪ぃ、遅くなっちまったな」
店の前のガードレールに腰掛けて、私は先輩を待っていた。
学校から一緒にバイトに行って、帰りはちょっと遠回りをしながら家まで送ってもらう。
それが平日の私たちのデートコースだった。だから今日もいつものように待っていたわけだけれど、私は面白くなかった。
「……千鶴?」
だって原田先輩のあんな顔、私は見たことがないのだ。
「おい、千鶴ってば。どした?」
「…………っ」
顔を上げればいつものように笑う先輩。けれど、それはバイト中に見た顔ではない。
「ほっぺ膨らましてどーした? 腹でも減ったか?」
「ち、違うもん!」
先輩と私は恋人同士というやつだ。
告白は私からだったけど、先輩も私を見てたと言ってくれた。そのときですらあんな顔はしなかったのに……。
「おーい、千鶴」
「…………」
子供なのは分かっていた。
こんな態度で不貞腐れたままなんて、先輩が困るだけって分かってた。
けど、困ってる間は少なくても私のことで頭がいっぱいになってくれるから、ずっと困ってればいいと思った。
…………そう考えてしまうこと自体が子供だってわかってるのに、止められない。
「ほんっとに、どうしたよ。言わなきゃわかんねーぞ?」
先輩は苦笑して、私の隣に腰掛けた。隣に並んだ状態で、私はポツポツと口を開く。
「……さっきの」
「あ?」
「スマイルくださいって……」
「あぁ。なんなんだろな、まったく」
先輩は笑って、
「でもま。最初の子はおおかた、なんかの罰ゲームで言わされたんだろうな」
「知ってて答えたんですか?」
先輩がいちいちそんなものに付き合う義理なんてないのに、先輩の笑顔は私だけが知ってればいいのに、
先輩がお客さんたちに笑顔を見せるたびに、どんどん私は嫌な子になった。
「だって、俺が答えなかったらあの子は赤っ恥かくわけだろ?」
「でも」
「なんかしんねーけど売り上げも上がって店長も喜んでたし、万々歳じゃねーか」
「……でも」
私は嫌だった。そう告げたら先輩は嫌な子だって思うだろうか。面倒くさい子だって思うだろうか。
「……千鶴」
俯いた私の頭に、先輩の手がのる。
「俺は営業スマイルってもんは誰にでも見せるけどな」
そのまま先輩は、反対の手を私の頬に添える。
「心の底から笑ってやりてー相手は、お前しかいねーと思ってるぞ?」
おそるおそる先輩の方に顔を向けると、いつもの先輩の笑顔があった。
「俺がこの顔を見せるのは世界でお前だけだ」
「…………っ!」
私の見ていたものが特別だったと気付いたら、目から涙が溢れた。やっぱり先輩には敵わない。
直接「お客さんに笑いかけるのが嫌です」なんて告げてもいないのに、
私のことを一番に理解して、欲しい言葉をくれるのだ。
「私……先輩が好きです」
「おぉ、知ってるぜ」
涙で歪んだその先で、先輩はいつものように笑っていた。
「俺だって千鶴が好きだぜ。だから、嫌なことがありゃ全部言っていいんだ」
そう言って先輩はグイと目に残る涙を拭い取ると、私の手を握った。
「よし、んじゃ解決したところで帰るか」
「ごめんなさい。すっかり遅くなっちゃいましたね」
「ばーか。俺は千鶴のためなら時間なんて惜しくねーんだよ」
「あ…、ありがとうございます」
どう反応したらいいかわからず、とりあえずお礼を言うと先輩は笑った。
「どういたしまして……といいたいとこだけど、感謝してんならそんだけ笑顔でいてくれや」
「へ?」
「俺にとっても千鶴の笑顔は俺だけのもんだって……信じてもいいだろ?」
「はい!」
繋いだ手を握り返しながらにっこりと笑うと先輩は笑って唇を重ねた。
突然のことにビックリする私を笑って、もう一度唇が重なる。
「お前をそんなふうに恥かしがらせるのも俺だけだからな」
「も、もう〜っ!」
真っ赤な顔でスタスタと歩き出した私は、思い出したように振り替えると背伸びして先輩の唇を奪う。
一瞬だけ驚いたように目を丸めて、けれど微笑む先輩を見ながら
「せ、先輩にそんな顔させるのも、私だけなんですからね」
そう告げた私に、先輩はとびきりのスマイルで答えるのだった。
» Back