Θ 夢のつづき Θ



私が人ではないと知ったあとも原田さんの態度は変わらなくて、 初めて会った時と同じように「女の子」として扱ってくれる。 それが本当に嬉しくて、時々錯覚してしまいそうになる。 いつか話してくれた原田さんの夢を、私も一緒に見られるんじゃないかって……。





そろそろ原田さんが帰ってくる時刻だと気づいて、作業の手を止め私は玄関へと走った。 遠くに原田さんの姿を見つけ、パッと笑顔を浮かべて声をかけようとした瞬間、 原田さんに声をかける女の人に気付いた。 以前もこんなふうに原田さんは女の人に声をかけられていたのを思い出した。 たぶん今日も道を聞かれてるだけだとは思うけれど、 笑顔で言葉を交わす二人の姿を見ると胸が痛い。

「……やっぱり、人間の女の人の方が似合うよね……」

原田さんには夢がある。 愛する奥さんをもらって、温かい家庭を築くという優しい夢。 私にとってはそれはすごく贅沢な夢で、 そう口にした私に、「ならおまえを嫁にもらえば俺と千鶴と両方の夢が叶うな」と笑った。 それはきっと原田さんの優しさで、鬼の私が鵜呑みにして夢見てはならないことだ。 いつか離れる日が来ると分かっていたはずなのに、目の前の現実に胸が痛む。 俯くと気分まで落ち込んで、視界が歪み始める。

「……どうかしましたか?」

歪んだ視線の先に影ができ、驚いて顔を上げると見知らぬ男の人がいた。

「悲しいことでもありましたか?」

ニコニコと笑うその人の顔はすごく綺麗で、一瞬馬鹿みたいに見惚れてしまった。

「私の顔になにか?」

あまりに見つめた過ぎたせいか、彼は苦笑して尋ねる。

「い、いえ。すみません。何でもないんです」

言って泣きそうになっていた顔をこすって無理やりに笑う。

「……そう…だといいんですが……」

男の人はただじっと私を見つめる。 綺麗な顔の人にこんなふうに見られると、どう反応していいかわからず、 視線をあちこちにさまよわせてしまう。

「ふふ、すみません。実はあなたのことは以前から見かけていたんです」

にっこりと笑ったその人は、この辺りに住んでいることを明かしてくれた。

「笑顔の絶えない人だなと思って見てました。 ですが……先ほどのあなたは今にも泣きそうで思わず声をかけてしまいました」
「あ…」

それはきっと、私が原田さんと女の人を見てしまった時のことだ。 思い出したらまた気分が落ち込んでしまった。

「すみません。先ほどから私はあなたを困らせてばかりですね」

そう言って男の人は私の頬に手を添えると、俯く顔を持ち上げる。

「私では、あなたの笑顔にできませんか?」
「え?」

真っ直ぐに私を見つめる目は少しだけ不安そうで、 だけれど私がこれ以上暗い顔をしないようにと微笑んでいた。

「直球でないと伝わりませんか? 先ほども言ったように、私はあなたをずっと見てました」

それが思いを伝えられているんだと気付いて、段々と私の頬が赤に染まる。 この人なら、私が鬼だと知らない。 この人の手を取れば、原田さんも真っ直ぐに夢を追うことができるんじゃないかと思ってしまう。

「あ…の、……私……」

掠れる声で何とか声を出そうとするが、心が揺れる。 原田さんのためを思うなら、この人を選ぶべきだ。 私が鬼だと知らないこの人なら、何もかも上手くいく。 頭では理解しているのに、心が動かない。


「そいつは出来ない相談でな」


言葉を紡ぐことが出来なくなった私の背後で、キッパリした声が変わりに答える。

「あなたではなく彼女に聞いているんですけどね」

目の前の男の人は苦笑した。

「ま、いつもいつも彼女を見るといらないものまで私の視界に入ってくるので半分諦めてましたけど」
「いらないもんってのはひょっとして俺のことか?」

そう言いながら、彼は背後から私を抱きしめる。

「自覚があるなら離れてほしいんですけど」
「んなことしたら、変な虫が沸いてくるからなぁ……」

私を挟んだまま二人は口を開くけれど、そのどちらの言葉も私の耳には入らない。 だって、原田さんが私を止めてくれたのだ。 まるで私が必要だと言ってくれているような、そんな気持ちになってしまう。
私は鬼なのだ。 拳銃で撃たれてもすぐにその傷が塞がってしまうさまを見ていたはずなのに。 羅刹と同じ、いやそれ以上の化け物だというのに、 それでも変わらずに触れてくれる。 そんな原田さんの優しさが嬉しくて、決心が鈍る。

「ごめんなさい。あの…、あなたの気持ちは嬉しいんですけど……」

まだ甘えていいのだろうか。 離れなくちゃ駄目だってわかっているけれど、本心では離れたくないのだ。 できることなら鬼だと気付かれぬまま傍にいたかったけれど、 鬼だと分かっても変わらない態度の原田さんに、まだ甘えてもいいのだろうか。

「私、原田さんの傍にいたいんです」

面と向かっていえない気持ちを、かわりにこの人へぶつける。 すると私を抱きしめていた腕に力が篭るのがわかった。

「ばーっか。んな大事な台詞は俺に言えっての」

続けて目の前に人に向けて、キッパリと言い放つ。

「俺も、こいつを手放す気がないんで他をあたりな」

背後からの声はいつだって心強く、私はこみ上げてくるものを抑えることができず涙を流してしまった。

「私だって、誰でも良いわけではないのですが……彼女がそれを望んでるようですし諦めますよ」

最初と同じように笑みを浮かべて、彼は退散して行く。 彼の姿が見えなくなっても、原田さんは私を解放してくれない。 そのままの姿勢で、ゆっくりと口を開く。

「俺は、おまえを手放す気はないからな」

原田さんはどこまで私を喜ばせれば気が済むのだろう。

「…………はい」

震える声でようやくその一言を搾り出した私を、原田さんは抱きしめたままでいてくれたから、
あの日語った夢の続きに私がいてもいいんだよって言ってくれているようで、嬉しかった。



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あの日の夢は二人の未来予想図ですよね