Θ 二人の温度 Θ
源さんに頼まれて買い出しにきていた私は、荷物を抱えふらふらと人混みを歩いていた。
正月を目前に、市ではたくさんの人が押し寄せていた。
早めにきて正解だったな、なんて思いながら私は歩き出した。
これから買い物をしようという人の波に逆らうように歩くのはただでさえ困難なのに、
両手には沢山の荷物を抱えていた。
視界まで奪われていた私は、ドンという衝撃によろけそうになった。
なんとか踏ん張ってみたものの、荷物はいくつか落としてしまっていた。
「危ねぇだろ、このガキ!」
体格の良い男の人が、ギロリと私を睨みつける。
「す、すみません」
こんな人混みの中で騒ぎを起こせばすぐに土方さんの耳に入ってしまうわけで、
そうなったらきっと私に頼んだ源さんまで怒られてしまうだろう。
そう考えた私は、ペコペコと何度も頭を下げた。
そんな態度に「フン」と鼻を鳴らして男は立ち去ろうとするのだが、
「おい、ぶつかったのはお前の方だろう」
私の後ろからそんな声がした。
振り返ればそこにいたのは羽織姿の原田さんで、
彼が新選組だと気づいた男はそそくさと人混みに紛れ退散をしはじめる。
「おぃ!」
「い、いいです」
男を追いかけようとする原田さんを制して、私は首を振った。
こんなことで原田さんの手を煩わせたくなかったのだ。
「私もちゃんと見てませんでしたし、大丈夫です」
そう言うと「千鶴がそう言うなら……」と渋々ながら原田さんは納得して荷物を拾ってくる。
「それにしても原田さんが市までくるのって、珍しいですよね?」
この嫌な空気を飛ばそうと、私は口を開いた。
この手の雑用は平隊士がすることが多い。
幹部である原田さんがわざわざ足を運んだということは、何かあったのだろうか。
緊張しながら答えを待つと、原田さんはそんな緊張を解くように
ふわりと笑って私の頭に手を乗せた。
「千鶴がいるって聞いたからな」
てっきり人混みに乗じて何かよからぬ事が起きるのかと思っていた私は、
「へ?」と間の抜けた声を出してしまった。
「何だよ。お前の手伝いをしちゃまずいってのか?」
「い、いえ。すごく嬉しいです」
慌ててそう口にすると、「そか」と彼は微笑んだ。
「つってもまぁ、もう帰るだけみてーだけど」
そう言って拾った荷物を片手で抱えると、
「ほら、それ貸してみろ。持ってやるから」
当然のように空いた手を私に差し出した。
「お、重い…ですよ」
「だから俺が持つんだろ。ほら、貸せ」
有無を言わさず強引にひったくると、原田さんはそれらも合わせて片手で抱えてしまった。
「よし、んじゃ屯所に戻るか」
言って、原田さんは再び私に手を差し出した。
「?」
けれど私はもう何も持っていない。
何を渡せと言うのだろうかと首を傾げていると、
「手だよ、手」
苦笑しながらそっと私の手を掴んだ。
「これならさっきみたいな目に合わねーだろ?」
「子供じゃ……ないですよ、私」
照れ隠しでそんなことを口にした私に、
「俺は一度だって千鶴をガキ扱いしたことなんてねーよ」
と告げる。
聞き間違いかと思わず顔を上げたときには、
「さっさと帰らねーと土方さんにどやされちまうぞ」
と原田さんが歩き出した後で、私は引っ張られるように足を進めた。
けれど、繋いだ手が僅かに温度を上げていたのを感じて、
私は今日一番の笑顔を返した。
» Back