今日は雅様と偶然の約束をした。
「たまたま本屋に寄るから、お前がいたらパーラーに寄るかもしれない」
なんて言って下さったのだ。つまり、私たちにとってはこれがデートの約束である。
本人にそのことを指摘すれば機嫌を損ねるのは目に見えていたので、私たちは「偶然」ということにしている。
本屋の前で雅様を待っていると、ちょうど雅様が私の姿を見つけたようで、すぐに彼は嫌そうな表情をした。
「……本当にいた」
「はい、偶然ですね」
にっこりと返せば、
「仕方ないからついて来れば?」
なんて言って雅様は歩き出した。
Θ プレゼント Θ
会ったばかりの頃はスタスタと先に行ってしまった雅様だけれど、今は私が付いて来れるようにゆっくりとした歩調だ。
私たちの信頼関係がそうさせてくれているんだと思ったら、笑顔が止まらなくなってしまう。
「なに笑ってるの? 気持ち悪い」
相変わらず口調はとげとげしいけれど、すっかり慣れてしまった私はそんなことではいちいちへこたれない。
「さっさと行くよ」
そう言って再び歩き出した雅様が、「くしゅん」とクシャミした。
今朝は急激に気温が下がって、昨日と比べると肌寒い。気温差に風邪でも引いてしまったのだろうか?
「大丈夫ですか?」
「なんでもない。ちょっと寒かっただけ」
そう答えた雅様に、
「あ、良かったらこれ、使って下さい」
と、私は自分の持っていた荷物の中から真っ赤なマフラーを取り出した。
「…………ゴミ?」
「失礼な。マフラーですよ、マフラー」
そう言って、有無を言わさず雅様の首にぐるぐると巻きつけた。
「どうしたの、これ」
「実は雅様の為に編んでいたんです。博様がエゲレスでは恋人同士はなんでもない日に贈り物をしあうって教えて下さったので、夜なべして頑張ってみました」
えへんと胸を張って答えると、
「あぁ、だから最近変な顔してたんだ」
どこか納得したような雅様の声。
「変な、顔?」
首を傾げる私に、
「目の下にくまが出来てるし、なんか肌もガサガサしてる」
乙女心を気にしない雅様は女の子が聞いたら傷つくような言葉を真っ直ぐに突きつけた。
「うっ」
そういえば、妙ちゃんにも最近肌の手入れを怠っているんじゃないかと指摘されたばかりだった。
「以後、気を付けます」
しゅんとして俯いた私に、
「とりあえず、これはお前が使いなよ」
と、雅様は私がぐるぐる巻きにしたマフラーを、同じように私の首に巻きつけた。
一瞬、手編みのマフラーなんて雅様は嫌だったのかもしれないなんて不安になったのだけれど、
「寒いんでしょ?」
と彼は告げた。どうやら先ほどから無意識に両手をこすり合わせていたのを、彼はしっかりと見ていたらしい。
「それに、馬鹿は風邪ひかないって言うけど、僕より寝不足のお前の方が風邪引きそうだし」
「で、ですが……」
「僕のせいでお前が風邪引くとか、寝覚めが悪いし」
「あの、それはちょっと意味が違うような……」
「とにかく、お前が風邪引くと僕が迷惑するんだから、お前はいつもみたいに間抜けな顔でヘラヘラ笑ってればいいの」
ピシャリとそんなことを言われて、まじまじと雅様を見つめてしまう。
真っ赤な顔で必死に訴えるこの人は、自分が何を口走ったのか理解しているのだろうか?
「つまり、心配して下さるんですね」
にっこりとほほ笑んで答えれば、
「ち、違っ…!」
否定の言葉を口にして、雅様はスタスタと歩いて行ってしまった。
そんな背中を追いかけながら、
「あ、でも、一応これ、雅様へのプレゼントなんですが……」
と声をかければ、
「なら、マフラー付きでこれをもらってやる」
振り向かずに雅様はそう告げると、ぎゅっと私の手を握りしめた。
その手の温かさに私は小さく笑うと、
「返品不可ですからね」
と付け足し、デートを再開するのだった。
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