「ま、雅様!もう少しゆっくり」
ずんずんと前を行く雅様にそう告げれば、
「僕がはるに合わせて歩くとかありえないんだけど!」
そう言って更に歩く速度を速めてしまう。
「雅様、もう少しだけゆっくり歩いて下さい」
「……嫌だね」
その返事を聞いた瞬間、私はつまずいて雅様を押し倒した。
Θ ゆっくりと Θ
「なんなのさ、もー!馬鹿で使えない使用に……!」
いつものように怒られると思った私は、驚いて固まった雅様を見て、
「ど、どこかぶつけてしまいましたか?」
と心配して顔を近づけた。
すると雅様の顔は更に赤くなるから、私は首を傾げた。
「お、重いんだから早くどきなよ!」
「す、すみません」
その言葉にようやく雅様の上に乗ったままだと思いだした私は、慌てて彼の上からおりた。
「大丈夫ですか?」
立ち上がった彼に改めてそう尋ねると、
「全然大丈夫じゃない」
何て返ってくるものだから、私は驚いてしまう。
私が転んだせいで雅様に怪我をさせてしまったなんて、旦那さまや千富さん、
それに千代子様になんて言えばいいのだろう。
そんなことをぐるぐると考えていると、
「おまえは?」
と尋ねられた。
「私は全然平気です」
にっこりと告げると、
「あっそ」
少し不機嫌そうに返されて、私はまた首を傾げた。
雅様がどういう意図で私のことを尋ねたのか分からなかったからだ。
「雅様。何かあるのであればはっきりと仰って下さい」
怪我の心配でないことは分かっていた。けれど、それ以上のことは分からない。
私にどんな返事を求めていたのか分からないけれど、私は違った答えをしてしまったのだ。
じっと言葉を待つと、雅様は諦めたようにため息を一つついた。
「じゃあ言うけど。お前に押し倒されて僕だけがお前を意識したってこと?」
「へ?」
思ってもいなかった言葉に、間の抜けた言葉が出た。
「お前はあんなに近かったのになんとも思わなかったの?」
更に続けられて、私は固まってしまう。
つまり、雅様の言いたいことを整理するとこうなる。
不可抗力とはいえ私が雅様の上に乗っかったせいで、彼をどきどきさせてしまったのだ。
「もういい。帰るよ」
私が彼の言いたいことを整理している間に、雅様は痺れを切らせてしまったようだ。
「早くしてよ」
と言って、当たり前にように差し出された手に、素直に自分の手を重ねる。
こういうところはお互いに変化したというのに、
気持ちは一方通行のままなようだ。
「あ、あの」
だから、歩き出した雅様に私は改めて自分の気持ちを伝えようと口を開いた。
「私がゆっくりと言ったのは、こうして雅様と手を繋ぐ時間を少しでも長くかみしめていたかったからです」
私の言葉に、雅様の足が止まる。
「私は、雅様を押し倒さなくても、こうして手を繋ぐだけで胸が苦しくて、頭がおかしくなりそうです」
そう告げると、
「お前の頭が変なのは昔からでしょ」
なんて言葉が返ってきたけれど、歩みは先ほどまでと比べるとずいぶんゆっくりになっていたから、
私の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
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