「正様、すごいですね!」
何を血迷ったのか私はコイツを博覧会へと連れてきていた。
先日の礼だと千富には言ったけれど、使用人が主のために尽くすのは当然のことで、
では何故コイツを連れてきたいと思ったのか不思議だった。
Θ 笑顔の花 Θ
「わぁ、あっちにもこっちにもすごい人!!」
子供のようにキョロキョロと辺りを見渡しては、「すごい」と連呼する。
「先ほどからそればかりではないか」
「だってすごいですもん」
「それ以外の表現はないのか?」
その言葉に、はるは暫く考えていたようだったが、
「とってもすごいです」
と返してくるから苦笑するしかない。
「向こうにはココアがあるみたいですよ!」
今にも走り出しそうな勢いで告げる彼女に、
「ココアは逃げんだろう」
そう返すと、
「逃げませんけど確実に減ります!」
と力説されてしまった。
「お前、そんなに飲みたいのか?」
「だって。とっても貴重なものだって書いてありますし……」
パンフレットを指さして、はるはポツリと告げる。
そんな姿を見るとつい許してしまうから、甘くなったと千富に言われてしまうのだろう。
けれど今日はコイツへの礼で来ているのだから、本人の望みを叶えてやるのが筋だ。
そう言い訳するように結論を出すと、
「行くぞ」
と歩き出した。
「へ? た、正様?」
田舎で育ったコイツにとって、この人ごみの中歩くというのは困難なことなのだろう。
無意識に伸びたであろう手が上着の裾をぎゅっと掴むものだから、私まで歩きにくくて仕方ない。
「裾を掴むな」
「で、ですが……」
どうしてコイツはこうも他の使用人と違うのだろう。
こんなふうに私に触れる使用人など、今まで見たことがない。
「まったく」
諦めたようにため息をついて、
「上着が伸びるからだぞ」
そう告げるとグイとはるの手首を掴んだ。
コイツを前にすると自分が折れた方が余計な手間がかからないと、この一年で嫌というほど思い知った。
だからこの行為も余計な手間をかけないためで、他意はないと言い聞かせる。
「正様?!」
再び驚いた声を上げるはるを無視して、そのままズンズンと歩いた。
ココアホールは時間も遅いせいか人はまばらで、すぐに席へと案内された。
「もうないかもしれない」としょんぼりと肩を落としていたくせに、
コイツはテーブルへと運ばれたココアを見るなり、パッと顔を輝かせた。
「単純だな」
「だって、ついに飲めるんですよ!!」
砂糖をカップの中へと注ぎくるくるとかき混ぜると、ゆっくりと傾けた。
「泥水かと思ったんですけど甘くて美味しいですよ。正様も飲みますか?」
そう言って私の方へとカップを差し出す。
「お前。泥水と聞いて飲むやつがいるか」
「す、すみません。他に例えようがなくて……」
「もういい。気に入ったのならお前が飲め」
その言葉に、はるは遠慮なくカップの中身を飲み干した。
それから満足そうに微笑むと、
「ありがとうございます、正様」
と、笑った。
その瞬間、私はこの顔が見たくて今日コイツを誘ったんだと理解した。
コイツにだけ質問を許可してしまったのも、
専属になれと命じてしまいそうになったのも、
おそらくこの先もただこの笑顔を傍で見続けたいと思ったからなのだろう。
そう気づいた瞬間、私の口からは盛大なため息がこぼれた。
それはきっと、当主になることよりも困難な道に思えたからだ。
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