「遅い! 一体いつまで私を待たせれば気が済むのですか」
「ごめんてば」

キーファーの金切り声を耳にしながら、私は慌ててキッチンから飛び出すと、彼のカップへとポットを傾ける。 琥珀色の液体が、ふわりと花の香りを広げた。






Θ 花と毒薬 Θ






「はい、お待たせ。この間、市場で買ったお茶だよ」
「ふん。この私に安物のお茶を飲めというのですか?」
「安物でも美味しいんだよ。文句は飲んでから」

ぐいと彼にカップを押しつけると、彼は仕方なく受け取った。 そして鼻先にカップを近づけると、少しだけ機嫌をよくした。

「安物の割に、香りだけは及第点ですね」
「一言多いんたよ……」

素直に良い香りだと言えばいいのに、キーファーはいつもこうだ。 慣れるまでは対応にひどく疲れたけれど、今ではすっかり彼の毒気に慣れてしまっていた。

「茶菓子はないのですか?」
「お生憎様。ちょうど切らせているところだよ」

そう答えると、

「使えない娘ですね」

と返された。思わすムッとして反論しようとしたけれど、私はぐっと耐える。 この後、街まで買い出しに行く予定なのだ。 そこでお菓子の材料を買って、キーファーがビックリするぐらい美味しいものを出してやろうと思ったのだ。

「ふふふ」

そんなことを企んでいたら、思わず笑みがこぼれてしまった。

「なんです。気色悪い」

キーファーはそんなことを言って私を不審な目で見たけれど、

「なんでもないよ」

私はこれでもかというぐらいにっこりと笑顔で返した。








街では珍しい花茶が手に入った。 香りにうるさいキーファーのことだから、きっと気にいるだろう。 お菓子の材料も手に入ったし、あとはキッチンでこっそりと仕度をするだけだ。

「バレないようにうまくやらないと」

そう呟いた私の首筋に、ひやりと冷たいものが触れた。

「毒でも入れる気ですか? なら、この場で斬り捨ててやりますが」

続けて冷たいキーファーの声が浴びせられた。 首筋に触れているのは彼の剣だった。

「何をコソコソと企んでいるのです」
「な、なんでもないよ」

バラしてしまったら彼をびっくりさせられない。 そう思った私は咄嗟に嘘をついて、すぐにしまったと後悔する。

「ほう。騎士団長を前に嘘をつくつもりですか」
「……っ」

ツッと、首筋に当てた剣に力が込められるのを感じて、私は観念して口を開くことにした。

「ご、ごめん。嘘をついたのは謝るよ」
「では、正直に話しなさい。何を企んでいたのです?」
「企むとかそういうんじゃなくて……。ただ単に、キーファーがビックリするぐらい美味しいお茶菓子を作ろうと思って」

そう告げると、

「言っている意味か分かりませんね」

と返されてしまった。

「だ、だから、キーファーに馬鹿にされないぐらい美味しいお菓子を作ろうと思ったの!」

半ばやけっぱちのように告げると、

「何故、お前がそんな気になったのかが分からないと言っているんですよ」

キーファーは言葉を付けたした。 その言葉を頭の中で反芻して、私は顔が熱くなるのを感じた。 だって、これではまるで彼に認めてもらいたいみたいだ。

「ち、ちちち、違うからね」

慌てて否定した私に、

「何が違うというのですか」

キーファーはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。

「と、とにかく。何でもいいから違うの!!」

真っ赤な顔でそう告げると、

「まったく。分かりましたから、行きますよ」

キーファーは剣を収めて歩き出してしまった。 その背中をポカンと眺めていると、

「私のために茶菓子を用意してくれるのでしょう?」

なんて不敵な笑みで告げるものだから、

「絶対おいしいって言わせるんだからね」

私は荷物を抱えて彼の前へと足をすすめた。
前を歩く彼が歩幅を緩めてくれないのも荷物を持とうとさえしてくれないのもムカムカきたけれど、 彼の後ろをついて歩くのは悪くないと、少しだけ思った。



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キーファーに対しては意地のような感情を持ちつつ、愛に変わればいい。