「娘、あとで私の部屋にお茶を入れてきなさい」
そう言ったキーファーの顔を私はまじまじと凝視してしまった。
「な、なんですか」
私の行動に狼狽えるキーファーがなんだか新鮮で更に見ていたくなったけれど、
「これだから下賤なものは……」
続けられた言葉にムッとした。
Θ 口は災いのもと Θ
お茶を入れて、私はキーファーの部屋へと向かった。
ノックの後、「入りなさい」という彼の言葉に従って中へと入る。
テーブルの上にカップを置くと、彼は優雅な手つきでそれを口元へと運び、
部屋に留まったままの私の存在に気づいて眉をひそめた。
「お前の用事は済んだはずです。下がりなさい」
そう言われて下がるのは彼の部下で、生憎私は彼の部下ではない。
使用人のように雑用を頼まれることもあるけれど、使用人でもないから言うことを聞く必要はない。
「用事があるからいるんだよ」
「……なんですか」
面倒そうに彼は尋ねる。私は彼のそんな態度に臆することなく尋ねる。
「キーファーって、私の名前知ってる?」
「……何を急に」
ずっと気になっていた。
出会った時から彼は私を「娘」と呼んだり「お前」と呼んだりする。
それはつまり、私の名前を知らないからなんじゃないかと思ったのだ。
「だって、いつも娘って呼ぶし……」
口を尖らせそう答えると、
「不服なんですか?」
と尋ねられた。
「お前は、私に名を呼ばれないことが面白くないのですか?」
「面白い面白くないじゃなくて、知らないなら改めて名乗ろうかなって思って」
「必要ありません」
ピシャリと言われて私はしょんぼりと肩を落とした。
それは私のことなどどうでもいいと言われたように感じたからだ。
「……テレサ」
「へ?」
ふいに名を呼ばれ、驚いてキーファーを見つめる。
「お前が尋ねたのでしょう?」
「……うん」
「知っているのだから改めて名乗る必要もありません。そういう意味ですから、私の部屋で辛気臭い顔などしないで下さい」
自分で思っている以上にキーファーの一言にしょんぼりしていたんだと気づいた。
それを彼が気づいて、わざわざ私に分かるようにフォローを入れてくれた。
その優しさが嬉しくて、なんだか胸が温かくなる。
( ……あれ? )
胸だけじゃなくて、なんだか顔まで温かくなっていた。
思わず両手で触れてみると予想以上に熱を帯びていて、自分の顔が真っ赤だということに気づいた。
「どうしたのです、テレサ」
私の不審な行動に、彼が尋ねる。
「べ、別に」
「その割に、顔が赤いようですよ、テレサ」
「も、もういいよ」
「お前が呼んでほしそうにしていたから、テレサと呼んでやってるんですよ」
そう言いながらキーファーは実に楽しそうな笑みを浮かべていて、
「キーファーはすごく意地悪だ」
そう告げた私に、
「前からですよ」
と答えた彼は、楽しそうに私の名前を何度も口にした。
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